その木戸を通って 

市川崑監督の映画『その木戸を通って』(映画の詳細はこちらを)は、’93にフジテレビがハイビジョン実験作品として撮影したものだそうで、当時のBSンフジで、’95春に一度だけ放映されたそうですが、当時はまだほとんどハイビジョン放送など見られる人はいなかったので、「幻の作品」とされていました。

山本周五郎は、大好きな作家です。その中でも、この作品は、記憶喪失の娘がふらりと現れ、結婚し子供までもうけながら、またふらりと消えてしまうという、周五郎作品の中でも特異なものですが、雨の中で心細そうに泣いている姿とか、「そこに木戸があって・・・」の台詞とか、登場人物の誰もが温かいことなど、哀しい結末なのに、もっとも好きな作品です。
 それだけ思い入れのある作品が映像化されると、自分が作ってきたイメージと違いがありガッカリすることが多いもので、それを少しだけ心配しながらも、それでも市川監督がどのように描いているのか見たい気持ちのほうが勝って、有楽町にある「丸の内TOEI」へ行ってきました。

すごく良かったです。
光と陰。雨。竹の林。風。部下屋敷のたたずまいなど市川崑監督のこだわりの映像に魅せられました。

主人公平松正四郎の役は中井貴一。清潔感、そして一本気なところはぴったり。
ふさ役の浅野ゆう子が一番、イメージ的に心配だったのですが、まあ合格。自分の中では、もう少しおっとり丸い感じのふささんなのですが。。。ね。
カツラは使わず地毛で髪を結い、化粧も自然でよかったです。着物も地味な小紋で時代設定にあっていました。ちょっと気になったのは、衿合わせ。武家の女としては浅すぎるように見えました。
中老の田原役を演じたフランキー堺のいいこと。あんな特異な顔だし、ずっと昔の東宝映画での森繁とのサラリーマン物の軽いイメージだけがあって、あまり好きでなかったのですが、本物の(?)城代家老らしく、どっしりして、それでいてやさしい人柄が見えて驚きでした。(やはり、伝説の『貝になりたい』の主人公を演じた役者さんだったんだと。。。)
平松家の家司、吉塚役の井川比佐志のうまさはいつもながらですが、その妻のむら役をやった、岸田今日子。口お化けみたいで、やはりあまり好きでなかった役者さんですが、うまい!もうこのお二方もあちら側の世界に行ってしまっています。
市川作品なので、石坂浩二とか。フジテレビ的だと感じたのは、駕籠かきに、桜金三と、うじきつよし。勘定方の同僚役に光石研と出川哲朗が出ていたこと。

こんな作品が今まで劇場で公開されずにいたとは。。。もったいない。

劇場には、やはり作品がらか、60代以上の人がほとんどでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

奈良の旅

秋の奈良に行ってきました。

朝7時に新横浜を新幹線「のぞみ」で出発すると、10時前には奈良に着いてしまうのですからずいぶんと近くなったものです。

Kaki 西大寺で降りて、秋篠寺へ。久し振りの伎芸天との対面。境内も緑の苔が美しく、とても静かで旅の始めとしてぴったりでした。
 奈良市内へ移動して、東大寺の転害門から歩き始め。まず秋の特別公開中の正倉院へ。
もう十数年前に見たときも、想像を超えた大きさに驚いたものですが、今回も改めて感動。
 その後は、戒壇院へ。ここは、奈良に来ると必ず寄りたくなる場所、四天王を見たいがため。私は広目天の厳しい表情が一番好きで、この像を見ると、身がひきしまる思いがします。

ちょうどお昼なので、戒壇院近くの依水園の中にある「三秀亭」で昼食。ここの名物は「麦とろろ飯」。お腹にもやさしく、さっぱりして美味しかったです。
Isuien1 予約をしてあったので、床の間前にお席を取ってくれていて、正面の窓から眺めるお庭、ところどころ色づいて美しくこれも馳走でした。この依水園は、登大路からほんの数分入っただけの所とは思えぬお庭です。奥のお庭からは、春日山と東大寺の屋根までが借景となっていて、何度来ても見飽きぬ眺めです。

それから興福寺へ。ちょうど興福寺境内へ入るところで、天皇・皇后のお車に行きあいました。お車のスピードを緩めて、窓からお手振りをされる場所とのことで、たくさんの修学旅行生や日の丸の旗を振り、歓声をあげていました。

興福寺の国宝館へ。ここでは、阿修羅像と、山田寺の仏頭を見るのが楽しみで。阿修羅像と十羅漢像は来年上野の博物館へやってくるそうです。
それから東金堂、同じく奈良遷都1300年記念で特別拝観となっている五重塔の第一層へ。ここでは堂の床下がのぞけるようにしてあり、太い塔の心柱が見らるのです。

そしていよいよ今回の旅の目玉、『正倉院展』へ。土日は混み合って入館するまでに何時間か待ちになるので、金曜日のしかも午後3時過ぎの入館を狙って行きました。狙いどおり、並びはまったくなく美術館新館内へ。館内もそれほどの人ではなく、どの展示品もゆっくり鑑賞でき、大満足でした。
 第一回目に展示され、今回60年ぶりに出された「白瑠璃椀」。1250年も昔、聖武天皇も光明皇后も今の私たちと同じように、この椀の美しさを愛でたと思うと。。。
しかも、もうこの椀をこの世で再び見ることはできないかもしれないと考えると、さらに感慨深いものがありました。
 螺鈿の鏡や紫檀の双六局、金銅八曲長杯、黒柿両面厨子など見所のある展示品は、それぞれ美しく、こうして長い年月、いろいろな時代の人が大切に守ってきた理由が伝わってきまひた。
 今回は当時の人の生活を感じさせる展示物も出されていました。
たとえば、きれいな貝でつくったスプーンとか、椰子の実の面白い顔の置物とか。これなど、フィリピンの場末の土産物屋で埃にまみれて売られていそうなものでした。
また、官吏が上司宛に書いた欠勤理由書などは、やれ、でき物が出来てしまいなかなか直らなかったのでとか、妻の母親が具合が悪かったので、などと、いつの世もずる休みの理由付けは同じだと、つい笑ってしまいました。

夜は、近鉄奈良駅すぐ側のフレンチレストラン『ビストロ ル・クレール』へ。美味しかった。
泊まりは、奈良ロイヤルホテル。ここは、温泉スパがあったので、歩き疲れた身体にはうれしいものでした。

翌日は、ホテル近くの法華寺からスタート。十一面観音の美しさ愛らしさは言うまでもなく、何といってもあの右足の親指に、毎度感動です。すぐ隣の「海龍王寺」は入り口のあの荒れた感じがいいです。近くのウワナベ・コナベ古墳を回って、平城京へ。
Suzakumon 遺構展示館や奈文研の「平城宮跡資料館」をしっかり見て回って、再建された朱雀門へ。
この公園、今はただ360度、広い野原で、兵どもが夢の跡。。。という言葉がつい出てしまうのですが、あと何年かすると、今再建中の大極殿の回りに朝堂や回廊まで再建予定とか、ちょっと感慨が変わってしまうかもしれません。

ここから、東大寺へ移動。東大寺境内はやはり人出が多い。韓国や中国語も聞こえますが、欧米人が多いと感じました。鹿達は昔より餌をねだるのが上手になったようです。
大仏殿のあとは、二月堂・三月堂へ。三月堂で月光菩薩に久方ぶりに対面。二月堂から見る大仏殿と奈良市内の景色が好きです。
朝9時から2時過ぎまで歩きどおし。遅いランチは、奈良公園内の奈良新公会堂の「レストラン能」で、カレー。ここは奈良ホテルの出店なので、美味しいのと、レストランからの公園の眺めが素晴らしい。

今回の奈良の旅はここまで。お天気にも恵まれ、大満足の二日間となりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

雪組東京公演『ソロモン』『マリポーサ』

ショー『ソロモンの指輪』
 ミズさん、噂どおり本当に腰を痛めているのでしょうか、なんだかダンスに切れがなく中途半端で、ここが見所だと思える場面がなかったです。(歌は・・・・ですし)
ユミコさんとキムのほうが、歌が聞ける分、キラキラ度が高かったような。
天使役(?)のカナメ、きれいでつい目がいってしまいます。
たぶん、ちかぢか大幅な二番手以下の組替えがあると、噂されているので、カナメあたりは、動くのではなどと思いながら見てました。
 ショーの流れは、まったくわからず。。。プロローグの日食のダイヤモンドリングのところだけ、指輪とわかったものの、あとはどこが指輪の象徴なのか???でした。まあ、ショーは踊りやフォーメーション、衣裳、音楽を楽しめればいいので、ノープロブレムです。
 ショーは30分。昨年の月組の「マホロバ」も45分で短いショーでしたが、ストーリー性と衣裳、音楽、ダンスと内容がぎゅっとつまっていたので、それほど短い印象はなかったです。
でも、これは・・・・短いと聞いてはいましたが、本当にあっという間、何かを記憶しようにも。

休憩時間には、次の芝居が長いので、とにかくトイレ優先と聞いていたので、素直に助言にしたがいました。

『マリポーサの花』
 なぜ、今、ゲリラ活動、独裁者に抑圧された民衆の革命運動なのか。。。わかりません。
重すぎます。前にも何かを見たときに、書いた記憶がありますが、わたしが宝塚を見に行くのは、非現実の夢の世界にひたり、きれいな衣裳やきれいな(?)男役、娘役を見ることが楽しみだからです。(何か考えさせられるようなものを求めるなら、ストレートプレイや、小劇場に行きます)
 そういう意味で、2時間ものこの劇には疑問を感じました。途中で席を立ってそのまま戻ってこないお客様、2組。。。宝塚で初めてです。
 独裁者にひどい目にあわされている民衆の姿は全く見られず、(楽しそうに歌い、踊っているし)、病院や学校を作ってやるという言葉は出るもの、自分たちは大農園の経営者だったり、麻薬の密輸(?)で大金を稼いでいるので、それへの罪滅ぼし。。。かぁ、と思えてくるほど。だから、革命とかゲリラ活動、民衆のために命を捨てる運動に身を投じるということが、それこそ非現実的。
変に革命だとかに結びつけるより、こうした暗さを持つ男役ミズさんを際だ立たせるなら、マフィヤの男と、大富豪の純粋な一人娘の恋に、永遠の愛をイメージさせるマリポーサの花で話しを展開させたほうが、いわゆる「宝塚」の舞台になったのではないかな。
 宝塚でこれほど、暗い男臭い(?)だけの内容で2時間も持たせることができることの証明がしたかったのなら、まあ、しかたないけど、興行的には、大失敗でしょう。なぜって、宝塚が初見のお客様は、いくらフィナーレで大階段と思い切った赤と黒の大羽を見せてもらっても、気分はドーンと落ち込んでいるし。。。。たぶん、もう2度と「宝塚」を見たいと思ってくれないでしょう。
 エスコパル役のユミコさん、ネロへの絶対の忠誠、もしかしたら、単純な男の友情以上のものを見るものに感じさせて素敵でした。
マフィヤのフェルッティ役のきたろう、前髪を一筋、今はやりのホスト風で悪役ながら、しどころがあって今回の儲け役だったかも。
セリア役のとなみ、逆にしどころがなくて。。。観客にしてみても、さっぱり魅力のない娘で、なぜネロがそれほど愛するのかわからない。
せっかくの専科のまやさん。。。使われていなかった印象で、残念でした。まやさんは、やはり喜劇で生きる人なんだと思いました。

11月は月の源氏を見に宝塚ムラへ日帰り予定を立てています。12月の宙のパラプリ東京公演も1回は見に行く予定。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

平成中村座『仮名手本忠臣蔵』Cプロ

浅草寺本堂の裏の仮設小屋で、中村勘三郎丈座頭の平成中村座の十月の公演『仮名手本忠臣蔵』を見てきました。
前回の小屋掛け(平成12年とのこと)興行は、見ていませんので、今回初めて。
 江戸時代の歌舞伎はこんな劇場で上演されていたことを、まさに体感できるものでした。
入り口を入ると、ビニール袋を渡されます。靴をぬいで劇場に上がるわけ。昔なら下足番に履き物を預けたのでしょうが、「自己管理」です。
 一階は、舞台前方から十列ほど土間席があり、その後方にイス席。そして左右にそれぞれ二列のイス席。この左右のイス席は二階にも同じく作られています。
さらに正面二階席の中央には、大きな金の牡丹の絵の屏風の前に一般席の座布団とは比べものにならない大きな分厚い座布団に、脇息付きの噂の「お大尽席」があります。
(なんでも人力車での送り付きとか・・・)
そして天井から大きな『中村座』と入った提灯が下がっています。
今回は、友人と着物で行くことになっていたので、平場はパスして一階上手後方の一列目の席でした。場内は、江戸時代にタイムスリップですから、マイク設備はなく、観劇の注意(携帯、写真撮影の禁止、休憩時間のことなど)は、すべて人間の声で行っていました。
今回休憩時間が20分が2回、15分が1回。平成12年の公演のときは、やはりトイレが問題だったと聞いていたので、覚悟していたのですが、今回はとても係の誘導がよく、スムーズでした。事前説明(?)とスリッパと分割のアイデアがよかったようです。

さて、本題の舞台。Cプロは「本蔵編」です。
 大序 鶴ヶ岡八幡宮 兜改めの場
 二幕 桃井館 力弥上使の場
     同上   松切りの場
 三幕 足利館表門 進物の場
     足利館 松の間刃傷の場
 八場 道行 旅路の嫁入
 九場 山下閑居の場     
今回、中村座に客演の片岡仁左衛門丈のたっての希望で、忠臣蔵でもめったに上演されることのない、加古川本蔵一家に光りを当てた場が上演されることになったそうです。

以下ネタバレあり、未見の方はご注意

幕が開くと、中央にお人形。その人形が「東西~東西~}と、これから上演する場面、役者と役柄の説明をします。そしていよいよ本舞台の幕が開くと、舞台に足利直義(新悟)はじめ主な登場人物が居並んでいますが、またこれが「人形ぶり」。
義太夫が語り始めると、スイッチが入ったように、一人ひとり登場人物達が動き始めるという趣向。

 その大序の兜改めの場は、初見。 
新田義貞討死のとき、周りに散乱していた何十個もの兜のうち、義貞のそれを見分けるために呼び出されるのが顔世御前(孝太郎)。その方法が、兜にたきこめた蘭**の香りであることなどは、鎌倉から江戸初期までの武士の戦場でのたしなみを踏まえていて、面白いと思いました。 
 ここでは、高師直(彌十郎)がその塩谷判官(勘太郎)より、桃井若狭之助(橋助)のほうにつらくあたるので、アレ?刃傷するのは塩谷判官のはずだけどと不思議に思いました。

 二場では、その桃井家の家老の家で、家老が加古川本蔵(仁左衛門)、妻が戸無瀬(勘三郎)、二人の娘の小浪(七之助)、主君若狭之助が短気でキレやすいことを嘆いており、ますます短気なのは塩谷判官だったはず。。。と私の頭の中が混乱。
 仁左衛門の台詞が他の人と比べてちょっと聞きづらいかなと。
この場面で使いにやって来る大星力弥(新悟)は、この家の娘小浪の許嫁だとわかります。母の戸無瀬が気をきかせて、使者の口上を聞く役目に娘を出しますが、恥ずかしい恥ずかしいとのそぶりなのに、台詞が「お前の口から直接にわたしの口に」などちょっと大胆なものでニヤリ。
続く松切りの場面で、主君若狭之助が家老の本蔵に、堪忍袋の緒もキレたので、高師直を殺す決心であることを語りけして止めてくれるなと言うと、それを聞いた本蔵がそこまでされたら当然、必ずやりとげよと主君を励まします。
 で、主君が傲然と引っ込むと、この本蔵、大急ぎで小判や進物を用意させ、馬で大急ぎに高師直のところに駆けつけるのです。馬の足の人、立派。本物の馬で花道を駆けつけていくように見えましたから!
で、ここまできて、ようやく筋がいつもの知っている「忠臣蔵」の筋立てに。

 三場 足利館表門 ちょっとおかしみのある場面。
高師直(本人は門の前に置かれた駕籠の中という設定で姿なし)、で家来の*が本蔵がやってくると聞いて、きっと意趣返しに来たのだろうから、返り討ちにしてやろうと、家来どもに切ってかかる練習をしたりします。しかし、実際は進物を持ってきて、しかも自分の袖にも切り餅一つ入れてくれたりするので、コロッと手のひらを返した扱いに。
で、陪臣だからと遠慮する本蔵を「いいから」と伴って足利館に伴うということに。
 松の間、屏風の陰に本蔵が隠れて見ていると、何も知らぬ若狭之助が師直を切ってやろうとやってきますが、すでに賄賂を受け取っている師直、もう最初から自分の刀を投げ捨てて、低姿勢。。。出鼻をくじかれ、若狭之助は捨て台詞を残して去って行きます。
あとからやって来た塩谷判官には、師直は、自分が横恋慕する顔世御前からの拒絶の手紙に激怒したこともあり、かえって辛くあたり、我慢していた塩谷判官もさすがに我慢がならず、斬りかかってしまいます。で、屏風の陰から飛び出した本蔵が後ろから塩谷判官を抱き止めるということに。

 八場 勘三郎と七之助の親子の道行きの場面。
もうすでに塩谷判官は切腹、家は断絶、小浪の許嫁力弥も閑居した父大星由良之助とともに京の郊外山科へ。ちょっとお饅頭など食べてしまったし、舞踊なので、居眠りしてしまいました。(街道を行く大名行列や、富士山がどんどん遠ざかっていったり、大道具さんの仕事が面白かったかな)

 そして今回のプログラムの最後、九場
力弥の嫁にと白無垢姿の娘を伴ってきた戸無瀬。衣裳が赤。それに用意の打ち掛けが金。迎えた大星由良之助の妻、石は、黒の着物。それぞれ印象的な色が舞台に映えてきれいです。でも台詞のやりとりは丁々発止。
孝太郎さん、顔世御前ではどうという見せ場がなかったように感じましたが、この石は、よかった。結婚の引き出物に、主君の本懐を遂げさせず邪魔をした本蔵の首がほしいと言い放つところ。
そして虚無僧姿で現れる本蔵の仁左衛門さん。わざと婿の槍につかれてやって、ここにようやく登場してくる大星由良之助に、くどく場面。
「わたしはあなたです」という台詞がありました。つまり、自分は主人の思いをとげさせず、若狭之助に黙って賄賂を送ることで、家と家臣を守った、塩谷判官を抱き止めたのも、師直を殺さなければ、切腹にはなるまいとの判断だったこと、それが間違いだったこと。
もしかしたら、自分が仇討ちを決心している由良之助と同じ立場に立っていたであろうことなどを語り、さらに師直の屋敷の図面を渡す(映画では大工の棟梁の娘でしたが)わけです。
仁左衛門さんのまさに独檀場。最初に感じたちょっと台詞が弱いなど、どこかへ吹き飛んで、すっかり引き入れられて。腹に巻いた止血のさらしを取る最後の場面は、ああ、いいものを見せてもらったと、大感激。
このCプロでは、勘三郎さんは、仁左衛門に完全に譲っています。

次回はAプロを見ます。楽しみです。

11時に始まり、終演が午後4時。イスは簡易なので、やはり疲れました。
なので、奥山の街並みは、次回ゆっくり見ることに。

081010_001 中村座の横手にある「團十郎の暫」の銅像を見てから、浅草寺をお参りし、その横の浅草神社も参拝。
仲見世を抜けて、落語家や踊りの世界で有名だという「文扇堂」に入って、ちょっと可愛い房付きのネコの扇子を手に入れました。
銀細工の店「もり銀」をひやかし、肉屋さんのど根性トウモロコシ(?)を見て、浅草公会堂方面へ。
小屋であわただしくお弁当を使わず、お腹の虫を我慢させて、おいしいものを食べようということにしてあったので、公会堂前にある老舗のてんぷら屋「中清」へ。
中庭に面した小間で、ゆっくりいただき、眼福ならびに満腹で帰宅しました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

十月大歌舞伎 昼の部

十月の歌舞伎座の演目は、玉様の赤姫を見るか芝翫の藤娘を見るか悩みました。
両方見られればいいのですが、今月は平成中村座へも行きますし。。。
で、取ったのは、昼の部、藤娘。
(判断基準。。。次がある。。。可能性。。。。を捨てました)
7日に行ってきました。今回はひさびさの2階席。

『恋女房染分手綱 重の井』
 初見。いやじゃ姫(ホントは調姫です)の片岡葵ちゃん、可愛かったhappy01
自然薯三吉を演じた小吉君、小学校6年だそうですが、まあなんと立派なこと。
 この場面だけ見ると、なぜ子を捨ててまでこのお家、主君のため(主君の娘が調姫)につくすのかわかりません。解説を聞いてようやく納得。つまり、家老の息子と恋仲になり、子までなしたものの、主君の許しがなければ不義密通。本来なら両人とも成敗されるところ、家老が責任をとって切腹、相手は家を出され、この重の井は、姫君の乳母として使えることになった。産んだ子はちゃんと乳母をつけて養育を頼んだはずが、その乳母夫婦が三吉5歳のときに病で死に、それからは馬子として苦労して生きてきた。育ての親から聞いていた本当の母に会いたいと屋敷前にやってきたというわけです。
 福助の重の井、品があって、凜とした強さがあって(位取りかな)、それでいて後半、世が世なら、家老の10歳の若君様なのに、江戸の大家に輿入れする姫君の乳兄弟としてはあまりにも落ちぶれ、親無しの馬子としてヒビ切れの手で苦労している我が子を見、そして名乗りもせずに別れる悲しみも感じられて良かったです。
 小さな三ちゃんが、子だと認めてもらえず、追い立てらるようにして、哀しそうに花道を去っていくのを見ると、切なくて。。。解説で、後年、この親子が再会して、別れた父ともまた暮らせることになると知ってほっとしています。

『奴道成寺』
 最初の白拍子花子での能の振りの足、親指が、ピンとそるほど立ってスゴイ。
(途中所化さんのあたりは、お弁当のあとだったので、やや夢の中。。。。)
烏帽子が取れて実は男とわかり、さらに最後はやはり蛇の化身となり例の鐘に上る。
お祖父さんからの血筋で踊りの名手ですから、松緑さん。

『魚屋宗五郎』
 菊之助のお女中おなぎ。。。ほんとにきれい。ロビーでご贔屓さんとお話していたお母さんの藤さんも相変わらずほっそりしておきれいですが、このお母様似で。
 菊五郎の宗五郎はもう慣れたもの。最初は妹が手打ちになってもお殿様へのご恩から、じっと我慢していたはずが、湯飲みに半分のお酒が、だんだん増えて、最後は一斗樽ごとになり、怒りがだんだん表に出てくるあたりは上手い、上手い。
今回玉三郎が世話女房のおはま。でも、このお歯黒に黒の掛襟の魚屋の女房役、役者だと感じさせました。前掛けを取り家の中へ放り投げ、髪に挿してあったつげの櫛を取って懐にしまい(落としちゃいけないとの所作だそうで、芸が細かいこと)、お殿様のところへ押しかけていく亭主の宗五郎を追い掛けて、花道を掛け去る場面などホントによかったです。玉様のお姫様の美しいことはいわずもがなですが、姿の美しさだけで見せるのではなく、やはり芸で見せてくれる役者さんです。
父太兵衛役の團蔵さん、磯部家の家老裏戸十左衛門役の左團次さん、やはりこういう人が脇をしっかり締めているからこその芝居だと思いました。

『藤娘』
 芝翫さん傘寿の記念。八十歳ですよ 松の大木に藤が絡まった舞台、そりゃ美しい。
その幹の陰から藤の枝を持って現れる芝翫さん。。。。信じられません。(素顔はほらあの長いお顔。。。なのに)おどりのしぐさも可愛い少女です。
お衣裳も藤の幹の陰から出てくる度に変わって、観客席からはため息と拍手。
芸の神様とか踊りの神様がいて、こうして地上に舞い降りてくるんだと感じるほどでした。
2階ロビー奥には、昭和32年にこれを歌舞伎座で初めて舞ったときに、当時の藤間勘十郎宗家から褒美にいただいたという藤の花の色紙が飾られていました。
これから行かれる方は、ぜひご覧くださいね。

昼の部を取って大正解だと思いながら劇場を出ました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«シャンソンの夕べ Chanson D'amour