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総務省の家計調査の対象になって

 今月から来年1月までの3ヶ月、総務省統計局の『家計調査』の対象になっております。昭和21年から58年間もずっと続けて行われているんだそうで、いろいろな地域、さまざまな家庭条件で、無作為に選ばれているのだそうです。これが統計表になって、経済や景気の動向や、また政策を立てるための資料ともなり、GDPの消費部門の基礎データやまた「消費者物価指数」など経済分析の資料となるそうです。
 「家計簿」をこの期間つけるのですが、依頼されたときは、今までも付けているので、その程度ならと思いました。ところが、実際やってみると、これが、結構たいへん。例えば、スーパーなどで買い物をしたとき、自分の家計簿には「食料品」と一本で書いて、その合計支出金額を書いていたのですが、この総務省の家計簿には、品目を1件ずつ記入しなくちゃならないので、とにかくレシートをきちんと残しておかないと、わからなくなります。支出だけでなく、収入欄には、商品券や図書券、もらいものまで、記入するのです。
 それにしても、我が家は「外食代」や「犬猫の餌代」などが多く、なんだか、変な統計基礎になりそう。。。。まあ、少しはお国の経済資料のお役に立てたらいいなぁと思い、必死で毎晩、計算機片手に記入してます。(えんぴつや計算機もちゃんと支給されました!)
 

 

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猫のプチ家出

 一昨日、夕方、猫に餌をやろうとしたら、いつも餌皿の音を聞いただけでどこにいてもすっ飛んでくる猫の数が足りないことに気づきました。ママ猫のノワールです。全部で、8匹もの猫人口ですから、1匹くらい見えなくても、気がつかないのです。
 部屋中、トイレ、浴室の中、クローゼットの中、洗濯機の中まであけて探しましたが、やはりいません!気づかないうちに、外に出てしまったに違いありません。洗濯物を取り入れるためにちょっと窓を開けたとき、ベランダに出たか、3時ごろ買い物に出たとき、足元をスルッとぬけて廊下に出たか、どちらかです。どうしようと青くなりました。
 まず、ベランダを探しましたが、いません。お隣のベランダにも、首を伸ばして覗いてみましたが、姿は見えません。大きな声で「ノワール!」と呼んでみましたが、返事はなし(だいたい、ロシアンブルーはあまり鳴かない猫です)。
 今度は、廊下を探しましたが、姿はありません。我が家は4階ですが、非常階段へのドアはしまっています。でも、2年ほど前、やはりシロが抜け出したときは、いまだに謎なのですが、見つけたのは、1階のカースペースでした。ですから、下まで降りて、マンションの周りも探しました。暗くなっているなか、暗い植え込みなどをのぞき込んでは、「ノワール!」と名前を呼ぶのも、恥ずかしいのですが、かまっていられません。
 夜の9時過ぎても見つかりません。いつもお世話になっているペットシッターさんに相談すると、猫は外へ出てもあまり最初から遠くへ行ってしまうことはなく、どこかで、怖くてじっとしていることが多いそうで、近くで保護される可能性が高いので、「猫探してます」のポスターを作ってあちこちに貼ってみるようにとのことでした。夜10時ごろから、パソコンでポスターを作り、写真を大きく印刷して、それを持って、今度は近くのコンビニへ。15枚ほどB4のコピーを作り、それを電信柱や塀や町内の掲示板など目立つ所へ張りながら家に帰りました。もう夜の11時すぎ。。。もう泣きたい気分でした。
 部屋に戻って、もう今夜は絶対眠れないと考えてソファに座ったら、猫達が、ベランダの窓のところに並んで外を見ているのです。もしやと思って見ると、ベランダにノワールがショボンと、うずくまっているではありませんか。
 やはり、洗濯物を取り入れたとき、出たのです。そして、ベランダ伝いで何軒か先に行ってしまったものの、いざ部屋に帰ろうとしたら、どうも、部屋の様子が違うか、真っ暗なので、きっと混乱して暗いなか、どちらかのベランダでじっとしていたのでしょう。
 ノワールに餌をやってから、今度は、さっき貼ってきた15枚のポスターを剥がしに出て、ようやく安心して寝たのは、日付が変わって2時でした。でも、本当にぐっすり眠れました!

 教訓 その1 ベランダ側の窓を開けるときは、どんなに短い間だとしても自分が外に
         出て窓を閉めること
     その2 家の出入りの際は、猫の数をチェックすること

 家猫がいなくなったときの共通の教訓
     その1 その子の特徴がよくわかる写真を必ず用意しておく
          (ポスターに写真を入れないと注目されない)
     その2 必ず見つけるとあきらめず探すこと。24時間以内なら、見つけられる
         可能能性大。
          (同じ所を何度でも探す。そこに隠れていても、怖くて飼い主の呼び
          かけにさえ声も出せず、姿も見せないので)
     その3 その子の好きなオモチャなどを持って探すのもよい

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ルネッサンス/モナリザとヴィーナス

 新聞で、偶然見つけた「名画鑑賞入門講座『モナリザとヴィーナスに隠された謎』」に、参加してきました。
前から、ルーヴルやロンドンナショナルギャラリーなどで絵を見るたびに、もう少し美術史やキリスト教についての知識があればもっと見方が深くなるだろうにと思っていましたし、つい最近例の『ダ・ヴィンチコード』を読んで、今回の中心となるボッティチェルリもダヴィンチも同じシオン修道会の総長だったと名指しされているのです。これは聞きにいこうと思ったわけです。

とても充実した2時間でした。

今回の講座で取り上げられていたボッティチェルリの絵「春(プリマヴェーラ)」と「ヴィーナスの誕生」は、フィレンツェのウフィッツェ美術館で見ています。想像した以上に絵が大きいこと、足下の花や衣装など細かいところまで精密に書かれていることに感動しました。(愛犬の名前「フローラ」は、春の右に描かれる花の女神から取りました)

今回、改めて中世暗黒時代の神の世界だけが重要で、人間の生活は下にみていた時代から、十字軍の遠征やそれによるイスラム世界との交流による思想の変化、つまり、その神中心の世界観から、生きている自分たちの世界こそが価値があるのではと思いはじめたまさに人文主義、ルネッサンスの時代を再認識しました。
 その時代だからこそ、個人の邸宅に飾られる目的でこのような等身大のヌードの絵が描けたのだし、そのあとの時代、ルーベンスの豊満な女神達が続くわけです。

 この2枚の絵が天上(裸)のヴィーナス(裸神への愛)と地上(着衣)のヴィーナス(人間界のはかない愛)を描き、ある意味で対となっていることは初めて知りました。また絵が飾られたメディチ家の家族間の対立が、春の絵の左ヘルメスの衣装の模様に見て取れることを知って、やはりもう一度、きちんと自分の目で絵を見てきたいと思いました。最近の研究で、邸宅で対で飾られていたのは、ボッティチェルリのもう一つの絵「ミネルヴァとケンタウロス」であったことがわかり、それも意味ある対であったことなど、興味深い話が出てきました。絵画の意味論というのでしょうか、そんなことをもっと勉強したいと思いました。(どなたか、いい参考書があったら教えてください)

また、レオナルド・ダ・ヴィンチは、そのボッティチェルリより7歳下で、同じフィレンツェのベロッキョの工房に入門したときには、ボッティチェルリは既に一人前の画家で、ラテン語の能力もありメディチ家のサロンに自由に出入りしていたそうです。ダ・ヴィンチは私生児で、ラテン語など習う環境でなかったそうで、そのサロンには一度も招待されなかったようで、そのことで、ちょっと嫉妬してノートに悪口を書いているとか。
 レオナルド・ダ・ヴィンチは、身体も大きく壮健で、ハンサムだった(他の画家が彼をモデルに絵を描いているほど)にもかかわらず、生まれてすぐに母と別れて育ったからか、実父が4回も結婚し子が12人もいたから反動からか、とにかく、女嫌いで生涯独身だったそうです。(当時のフィレンツェはホモの町だったそうです)
ルネッサンスが理想と見たギリシャ文化でも、プラトンでさえ肉体も魂も美しい男同士の愛が最高と言っているそうな。(日本でも戦国時代など男色が盛んでした。織田信長と小姓、森蘭丸など有名)

そのダヴィンチの絵で完成品は10点ほど、中途放棄の作品が膨大な数だったようで、前金だけもらって、そのまま他の都市や国に行ってしまうということがたくさんあったそうです。

 モナリザは、その未完成品の一つ。重ねられた右手を見ると左手と比べると明暗法(スフマート)による立体描写が弱いので、未完であることがよくわかるそうです(今度、よく見てみよう。。。でも、今、ルーブルのモナリザの前は、例の『ダヴィンチ・コード』の影響ですごい人だかりで、近くに寄るのも大変だそう)
 モナリザの表情が左と右ではあきらかに違っているとよく言われますが、その背景も左側が見下ろしたもので、右側は見上げたようなもの、あきらかに矛盾している。この風景に託されているのが、火、空気、水、土という四大元素の特にダヴィンチが重要に考えていたのが、水だそうですが、その水が最後には枯れて終わる様子を描き、地球が絶え間なく変転し、そして終わることを暗示しているという説があるんだそうです。

ダ・ヴィンチ・コード (上)ダ・ヴィンチ・コード (下)』は、いま世界で読まれているわけですが、ダ・ヴィンチはやはりローマカソリックにつながる信仰とはちょっと別なものを考えていたような気がしてきました。

 パリやルーヴル美術館の中のお勧めのカフェなども教えていただいたので、行ってみたいです!

まずは、前に買ってあった『カラー版 西洋美術史』(高階秀爾監修)を本棚から引っ張り出して、読み直します。

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宝塚「ラ・エスペランサ/舞夢」

東京宝塚劇場の月組公演、『La Esperanza/TAKARAZUKA舞夢』を見てきました。

春野寿美礼の歌声がよかったです。お芝居の『La Esperanza』は、人生の夢をテーマに、アルゼンチンのタンゴダンサーと、仲間との友情、画家の卵との恋などが描かれていて、ストーリーは、いつもの宝塚的な恋と陰謀と裏切りとドタバタなどがあまりなく、淡々と流れていきました。

その分、テーマ曲が心にしみました。いつもなら、宝塚の舞台を見るのにいっぱいで、ほとんど歌をじっくり聞くという感じではないのですが、今回は、春野寿美礼の声がいいのと、歌詞がいいのとで、じっくり聞きたいと思いました。
ラ・エスペランサとは、スペイン語で”希望”という意味だそうですが、テーマ曲の歌詞もそれを表しているものです。
 きょうは失ってしまったように感じても、夢は明日にはきっと届く・・・
そんな内容です。(歌詞は書けませんので)
アルゼンチンのタンゴがテーマですから、男役はトレンチコートやソフトなどでバリバリで粋がっておりました!
そのタンゴダンスでは、最後のほうで、コンテストで春野とタンゴを踊った鈴懸三由岐が小柄ですが、雰囲気もあり良かったです。昔でしたら、ダンス専科入りでしょうね。

ショーの舞夢でも、春野寿美礼の歌が印象的でした。X JAPANのYOSHIKI作曲の『ゼウスの涙』は聞き惚れました。声は宝塚の男役にありがちなアルトの作り声故のかすれや音程のふらつきもなく、声に伸びがあり、安心して聞いていられます。春日野八千代系統の正当派で、姿もいいですし、もちろんダンスも良かったです。
特に最後のほう「クラシカル・ドリーム」の場面で階段で、ふづき美世と二人で白の衣装で踊る場面は、「ああ、これぞ宝塚!」でした。もう何年も前に、麻実れいと遙くららが同じように大階段で踊った場面を思い出しました。

今回の花組には、月組の霧矢大夢が出ているのですが、この子いいです。男役としては、ややふっくら形ですが、お芝居もダンスも。ショーの中でパンドラの箱の中から美女が出てくるのですが、とてもキュートで可愛いので、誰だろうと思ったら、彼女でした。女役でも成功したかも。。。

今回の宝塚は、歌を楽しみ、群舞を楽しんだらいいと思います。

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