上野は芸術の秋まっさかり
秋晴れの今日、上野で芸術の秋を楽しんで来ました。
まず、「プーシキン展」へ。
モネの「白い睡蓮」は、パリでもシカゴやボストン、ロンドンそして東京の西洋美術館でも、たくさん見ましたが、睡蓮という花のせいか、日本的な太鼓橋のせいか、全体の色調か、よくわかりませんが、いつ、どこで見ても心にぴったり添う感じです。
印象派の後期のシスレーやピサロの絵などは、まるで筆のタッチがもう切り絵の世界。絵を見ているうちに、山下清が見たら、なんと言うだろうと考えてしまいました。
ドガの「写真スタジオでポーズする踊り子」も構図がほんとにいいと思いました。右側の衝立があるだけで、踊り子の白いチュチュが引き立つし、踊り子がスタジオで見られていることを意識してポーズしているところを書いたのではなく、それをさらに衝立の陰からスケッチしているという2重構造で、踊り子がより自然に見えました。
マチスの「金魚」は、新聞の広告や電車の中吊りで目にしていましたが、実物は、まず大きいので、びっっくり。そしてその色彩の美しさ。広告などで小さな絵を見ているときは、まるで小学生の絵。。。のようなと思っていましたが、やはり、実物の迫力はまったく違いました。つい、出口で少し大きめな広告ポスターを配布していたのを2枚ももらってきてしまいました。
ポール・セザール エルー(この人の作品は初めてみました)「毛皮の帽子を被った女」。とてもきれいな女性のポートレイトなのです。目が灰色で、帽子と襟もとの毛皮が、まるで本物のやわらかい毛足の長い毛皮のようで、ついさわりたくなるような。。。ドライポイントというのは、どういう描き方なのでしょう。
もうこれ以降ピカソ、キュービズムになると私はお手上げ。ササーっと通り過ぎてきました。
一つ面白い絵がありました。ルソーの「セーブル橋の眺め」というタイトルで、川にかかった橋と、その上の空に、熱気球と飛行船とそして複葉の飛行機が描かれている絵です。書かれたのが、1908年だそうで、1903年にアメリカでライト兄弟がこのような複葉機で人類初の動力飛行を成功させて、この年あたりに、たぶんドーバー海峡を飛行機で横断したんじゃないかな。象徴的な絵で面白く見ました。
ところで、この都美術館というのは、初めて行きましたが、天井も低くて、部屋と部屋をつなぐ狭い廊下を通ったり、階段の上り下りがあったりで、ちょっと閉塞感がありました。
上野公園の木々も色づいて、新鮮な空気をすってちょっとほっとしました。

そのあとは、国立博物館へ。ちょうどお腹がすいたので、まず東洋館に入っている神田精養軒で簡単に昼食。それから、表慶館で開催中の「華麗なる伊万里、雅の京焼展」へ。
素晴らしい伊万里や九谷、鍋島など器を見ながら、着物の模様と共通なのだと、つくづく思いました。月に兎、波に兎、牡丹、竜田川の紅葉、秋草、荒磯文様、南蛮船など。。。
ヨーロッパの王侯貴族にとっては、金やダイヤモンドに匹敵する陶磁器です。ウィーンやドレスデンやイスタンブールの美術館で見たおそろしい数の伊万里や鍋島の壺や大皿を思い出しました。
どれもすばらしいものですが、中でも鍋島のデザインの斬新なものに心惹かれました。「色絵輪繋文三足大皿」など、現代の作家でさえ、思いつかないのではないかという、すっきりしたデザイン。
仁清の水仙模様の茶碗が、小さいながらふっくりと、手になじませながらお茶をいただきたいと思いました。
この会場の表慶館は、ずっと以前は、日本の埴輪や土器などを常設展示していたはずですが、その後長く修理のため閉められていました。回り階段は重厚な石造り、また手すりや天井の梁の彫刻など、ヨーロッパの館をイメージさせて。
見終わってから、前庭の仮設テントに出ている鶴屋吉信で、お茶とお菓子をいただきました。お菓子は「山路」。お茶はお裏らしく、泡がふっくらいっぱいたったもので、おいしくいただきました。

身体と精神の疲れが心地よい一日でした。
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