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旧暦のお正月

今日29日は、旧暦の1月1日。旧暦でお正月を祝う中国では、爆竹や花火をあげて大騒ぎの年越しをし、この「春節」を迎えたようです。大晦日になぜ大量の爆竹や花火を鳴らすのか、またなぜ、赤一色に色取られるかのかについては、面白い由来があるようです。→ここ
春節で検索すると、あちこちのブログで、その中国の「騒音のお正月」風景がみられます。

日本は、明治5年12月3日にお上のお達しで、陰暦から太陽暦に変わり、お正月も新暦でお祝いをするようになりました。中国などでは、新暦の1月1日はもちろん、休日のようですが、特に何もないようで、お正月はあくまでもこの「春節」だそうです。アジアの中でも新暦でお正月を祝って、旧暦はすっかり忘れた日本のような国のほうが少ないようです。

まあ、とにかく日本はきょうはただの日曜日。

とても寒い冬ですが、それでも、小さく堅かった梅の花芽も、ほんの少しずつ大きくなってきたようです。つい一月前には、4時過ぎると暗くなっていたのに、今日などこうして5時過ぎてもまだ西の空は夕焼けで明るく、日も延びてきたことを実感します。

古今集の巻一の「春歌」の二首め、紀貫之の有名な歌も、旧暦の今日読み直してみると、なんだかぴったりくるような気さえします。

  袖ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらん


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毀誉褒貶

朝から各TVチャンネルは、もうホリエモンの逮捕のニュース一色です。

やはり「胡散臭い金儲けだったんだー」と一般の人は、今までの羨ましさと悔しさの裏返しで、ちょっといい気味と思っている。。。というスタンスでの番組。
つい1週間前の時代の寵児、六本木ヒルズの45畳のリビングにいた男が、今日は拘置所の暖房もない3畳の部屋。。。と報道しています。「ホリエモン、無一文」「金で買えないものもあった」とか、これはスポーツ誌の見出しだそうです。

ライブドア、ホリエモンという名がマスコミにどんどん登場したのは、一昨年の球団買収、そして去年のニッポン包装の買収騒動から。そんな数年で急に膨大なお金を動かせるようになるには、当然、ふつうのやり方してできるはずがないです。たたけば必ずホコリが出てくるでしょう。でも、ホリエモンを通して、世の人に、「額に汗して働くバカ」だよねぇというイメージを強烈に私たちに与えていたのは、マスコミだと思うんだけど。六本木ヒルズのホリエモンの部屋の紹介をしたり、やれ、タレントの誰と食事したの、ツーショット撮られたの、どこで食事しているの。。。バラエティ番組に出演させてたり。

やはり日本経済の基本は「製造業」だと人々に改めて知らしめるなんてコメントも、あるTV番組でありました。
でも、もう今の若い人には、それは「あり得ない」と思えます。額に汗して地道に油まみれになって夜なべしてでも何かを作る。。。という図に、もう今の日本の若者達はまったく魅力を感じないと思う。(親の世代だって、そういうことに価値を見いだして、子供にそういう働き方、生き方をせよとは教えていないはずだけどねぇ。)
だから、ホリエモンの今回のことで、「ああやはり地道さが一番」なんて言っているのは、五十代以上の人だけではないでしょうか。ホリエモンに憧れたヤツは、また別な軽佻浮薄の成金をすぐ見つけると思うけどね。

それにしても、なんだかなぁ。「毀誉褒貶」と四字熟語の意味を教えるのにピッタリの内容だけど。ホリエモンは、あのぷっくりした身体やちょっとにくめない顔つきで私は、三木谷とかより好きだったりしたから。

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花組『落陽のパレルモ』

東京宝塚劇場へ。予報では明日は雪とか。どうりで、寒いこと。でも劇場内はいつものファンの熱気に包まれていました。
トップ娘役のふづき美世さんのさよなら公演。春野寿美礼さん、歌はいい。でもセリフが、あまりにも低い声を作りすぎているからか、よく聞き取れない箇所が何度かあった。お芝居では一言のセリフが重要なことがあるので、ちょっと残念。

さらに、真飛聖と愛音羽麗がまた同じ系統の顔、かたちで、またまた???

お芝居は、イタリア、シチリア島の貴族社会の没落を背景にした身分違いの恋(春野/ふづき)と、そのひ孫のイタリア青年とユダヤ娘の恋(彩吹/遠野)が重層的に描かれているもの。面白かった。
それにしても2番手の彩吹さんと、蘭寿とむさんの顔、かたち、雰囲気が似ていて、ときどきどちらが舞台に出てきているのかわからなくなる。(蘭寿さんは、宙組へ組み替えとのことだが、これは正解だと思う)
ふづきアンリエッタは、古い伝統のある貴族の家を継がねばならない一本筋の通った気品のある雰囲気をよく出していた。今回は、本当に「きれい」だと思った。

それにしても、どこかのブログでも書かれていたが、春野さま(おささん)は、ふづきアンリエッタを愛しているようには見えない。視線がほとんどアンリエッタにいかず、いつもどこか遠くを見ているいるような、素っ気ない感じ。だから、これがふーちゃんのサヨナラ公演であることをすっかり忘れてしまいそう。

ショーの『Asian Winds!』は、最近のショーには見られなかったアジア各国の音楽を中心につづられ、楽しめた。韓国からチャングムのテーマ曲「想夫歌(オナラ)」もあったし、フィリッピンの「ダヒルサヨ」、モンゴルの曲、日本編では、服部良一の曲がいっぱいなど、どこかで聞いたなじみの曲が耳に心地よかったし、衣装も各国の民族衣装が主題で印象的。昔は、宝塚でもショーでは、日本ものからスタートし各地方の踊りをやっていました。なんだか、なつかしく思い出した。オサさんの歌声にも大満足。

公演が終わって、外に出てみるとそれぞれの後援会の人たちが、寒い中を「出待ち」していた。つい、興味津々で観察。楽屋口の所には、それぞれの後援会のキーパーソンらしき人が、みんな「携帯」を片手に立っている。後援会所属のファンの人は、それぞれ分かるようなものを身につけて(例えばオサさんならすみれ色の毛糸の襟巻き)、それぞれの場所で待機。どういうわけか、2~3分ごとにそのグループがみんな立ったり座ったり。。。(あれは、いったいどういう意味があって、どこから指令がくるのか、謎。。。)
舞台がはねて、30分ほどたつと、まず楽屋から下級生たちが三々五々出てきて、地下鉄方向へ向かう。それから、3番手、2番手、男役、娘役がきちんと序列を守って(?)、出てくる。出口で待っていたキーパーソンらしき人は、すぐその目当ての人から、大きなバッグや鬘入れケースを受け取って、ファンの待つところへ誘導。スターさんは、手紙などを受け取って、ちょっと声をかけながら、そのままそのキーパーソンと車の待つ場所へ。
キーパーソン氏は、どうやら携帯でスターさんと連絡を取っているらしい。もうすぐ出てくるとなると、それが後援会の出待ちのファンに伝えられ、それまで、後ろのほうに控えていた人達が、道路にさーっと出てきて、「整然と」並ぶ。
ふーちゃんは、どうやら「およばれ」(と、後援会の子達が言っているのを小耳にはさんだ)らしく、真っ白なコートで、ちょっとドレスアップして迎えの車に、乗り込む。
オサさん、もちろん最後に登場。さっと出てきて、ファンと歓談することもなく楽屋正面に止めてあった車に乗り込み、それから車の窓をあけて、後援会の人達に手を振って、消えていった。出待ちしていた後援会の人たちは、それを見送るとサーッと汐が引いていくように帰っていく。。。
とても不思議な光景。ターコ様のころ、何度か入りを見たことあったけど、あんな風におそろいの何かを身につけたり、整然と並んだりしていなかったように思うが。いつからこういう形(?)になったのだろう。

気が付いたら、寒い風の中、1時間30分も劇場の前で、私も最後まで「出待ち」をしていた。

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いつもの日々に戻って

お正月気分もすっかり消えて、いつもの日々に戻ってきています。それにしても寒い。。。銀座の松屋でやっている「九谷焼展」の切符をいただいたので、見にいくつもりだったけど、曇っていて寒いので、出かけるのをグズグズしているうちに、結局行くのが面倒になってしまいました。

明日は、宝塚大劇場に十数年ぶりに遠征です。「ベルサイユのばら」が上演されているわけですが、今のお気に入り月組の霧矢大夢が昨日から「オスカル」役で特別出演しているので、それを見に行きます。(ベルばらは、東京公演も来月からありますが、キリヤンのオスカルは見られないです)
朝4時半起きして、8時過ぎの飛行機で伊丹に飛んで、11時からの公演を見ます。ほんとは、続けて3時からの公演も見たかったのですが、こちらはどうやら貸し切り公演のようで、切符が手に入りませんでした。着いてから、当日券でも手に入ればいいのですが。夜にはまたトンボ帰りします。

西宮には親戚もいるし、一泊してしてくればいいのですが、昨年秋から我が家の愛犬、フローラの具合があまりよくないので、ペットホテルなどへお願いする気がしないのです。
明日はどうやら、東京も大阪も一日雨のようです。それがちょっと憂鬱ですが、とにかく、空港から宝塚までの交通路は確認したし。。。楽しんできます。

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ハリーポッター/パート4

今日は、仕事の新年顔合わせ。17日ぶりに朝の5時前に目覚ましかけて起きました。暗い中、犬の散歩をして。。。7時には家を出ました。
で、互礼会は9時には終わりました。わたしは、明日からの勤務なので、もう10時過ぎにはまた仕事場を離脱。
ちょうど、「ハリーポッター パート4」が12時30分の回があったので、見てきました。

今回の「炎のゴブレット」は話の展開もとても面白いと思うのですが、映像も、素晴らしかったです。いつものクディッチ競技の場面はない分、ドラゴンとの戦いなど、ほんとにドキドキもの。コンピュータでの映像のテクニックはすごいですね。それにしても映画の脚本家ってすごい能力。あの2巻の本をほんの2時間半ほどにまとめ、当然、内容の取捨選択があるわけで。。。どこを切り取ってしまって、どこを映像にするか、考える能力。原作を読んでいない人が見ても、この映画だけで映画としての完結したストーリーになっています。
ハリーは、映画の中では14歳の年齢設定ですが、出演者達はみんなもう17歳か18歳でしょう、すっかり大人の青年、女性になっています。もう次の撮影というのは難しいのではないでしょうかねぇ。

3月には、「ナルニア国物語」の第1巻「ライオンと魔女」が公開されます。もう40年も昔、この本を学校の図書室から借りて読んで、すっかり虜になりました。いまでこそ、誰でも知っているワードローブという単語を、この本の1巻目で初めて覚え、今でも、洋服ダンスを開けると、つい、そっと手を入れ奥を確かめることがあります。
キリスト教の善と悪の対決という子供向けの物語ですが、裏にはキリスト教や宇宙とか時の流れとか、深いことを考えさせられる、ほんとは大人向けの物語です。
愛読書にこの本と赤毛のアンをあげていた時期が長かったです。もちろん、これも日本語版、英語版7巻ずつ全ていまでも書棚にあります。
作者のCSルイスはオックスフォードの教授ですが、この人、ずっと独身でちょっと変人だったそうですが、それが中年になって、愛読者のアメリカ人との恋愛事件があり、それが映画になって、アンソニー・ホプキンス主演でありました。(タイトルが思い出せない。。A。ホプキンスは好きな俳優)

だから、2年ほど前からディズニー社で映画化と聞いて楽しみにしていました。

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海老藏の「信長」

新橋演舞場で『信長』を見てきました。演舞場は、新装なってから今回が初めて。とてもモダーンな建物になってビックリ。

感想ですが、ちょっと耳が痛かった。。。です。比喩としての耳が痛いではなく、ほんとに音響で耳がガンガンしたのです。席が6列目の上手端のほう。だからスピーカーの真正面。(歌舞伎や文楽などはマイクはありませんし、宝塚もそれほど音が気になることなどなかったので、よけいでしょう)
わたしは、歴史物が好きで、特にこの1500年代半ばから1600年までの50年の間に信長、秀吉、家康などが愛知周辺に生まれ、時代を作っていったことに。高校時代の夏休み、山岡荘八の『徳川家康 全26巻』を読みふけりました。

その信長の父の葬儀の場面から始まり(実母が弟のほうを肩入れ、徳川家光と同じですね)、美濃の斉藤道三の娘、濃姫の嫁取りのエピソード(カブキ者のひどい格好で行き、道三との対面のとき、シャッキリ正装に変わっていたというあれ)、そして、桶狭間の戦い、小谷城の戦いと続きます。
天の意志を表す雷の音、そして戦の場面では大音響と大声。芝居のほとんども役者たちは大声を張り上げてセリフを言っている感じで。。。うーん、疲れてしまいました。

齋藤雅文作のこの芝居は、この「信長を中心として正室濃姫、信長の妹のお市の方、明智光秀、秀吉の4人の男女を中心に描き出す」と説明文にあります。
 海老蔵は、特に最初の場面の父親の葬儀の場面で、信長の天才と狂気を感じさせました。海老藏の姿、そのものが、実際の信長ってきっとこんなキリキリした感じだったのではと思わせますし。
でもそれ以外の人がいけません。正室濃姫は、純名りさ。濃姫は、もっと落ち着いた腹のすわった人のイメージが私はあるので、ちょっと幼すぎる。信長の妹、お市の方を小田茜。「信長に対しての感情が兄というより男として」というのが、このお芝居での解釈のようですから、濃姫に対してきついのはわかりますが、子供っぽくてちょっとヒステリーなだけのお市の方と見えてしまいました。明智光秀は今人気の田辺誠一ですが、信長に反乱を起こすその悩みが感じられません。光秀は濃姫をいつか思うようになり。。との解釈のようですが、それがあまり見えてきません。秀吉は甲本雅裕。ただ、おちゃらけの軽い人物にしか見えません。あれでは、お市の方でなくてもイヤですよ。
 海老様のファンだとしたら、ポスターにもなっている深紅のビロードの西洋風の衣装で登場のときなどキャーでしょうし、最後の本能寺の場面の白の寝間着での立ち回りなどでもゾクっとするでしょう。それだけでも満足かな。海老さまは、やはり目が特徴ですね。団十郎もギョロ目ですし、この家はやはり「にらみ」ですから、目が小さなお嫁様はもらわないのかなぁ。。。なんて、よけいなこと考えたりして。

今回は、あるところからのご招待だったので、まあ、新装演舞場を見て、幕間のお弁当をいただき、絵になる海老藏を見て。。。だから、いいか。

ちょうど、今日からNHKの大河ドラマがこの信長の桶狭間の戦いでした。第一回を見たところでは、一年見ていこうかなと思いました。 

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初春大歌舞伎 坂田藤十郎襲名

お正月の歌舞伎座はやはりいつもより、ちょっとばかり華やか。若い方達の振り袖姿も目立ちました。そして、さらに今月は、東京でも藤十郎の襲名披露。きのう4日、歌舞伎座にはそのうきうきした気分もただよっていました。

今回は、夜の部の観劇。
最初の「藤十郎の恋」、扇雀の藤十郎、きれいでした。関西歌舞伎の役者さんをあまり見る機会がなかったので、これほどはんなりした役者さんとはしりませんでした。隣席のおば様達が「若いときの鴈治郎にそっくり」と話しておられましたけど。ふっくらしていかにも「江戸時代の人気歌舞伎役者」ってこうだったのだろうと。原作は菊池寛。話の筋は、和事芸の工夫に行き詰まり、舞台でのほんものを演じるため、人の女房である料理屋の女将に言い寄り、そのときの女房お梶の様子から演技を編み出したというもの。

そしてお目当ての「口上」
舞台背景のことが話題になっていたのですが、事前に聞いていてしまったからか、あまり斬新な、とは感じませんでした。また、お正月のNHKで京都南座での口上も見てしまっていたので、ちょっと。幹部連が居並ぶその上手に幸四郎、下手に吉右右衛門が締めていました。

「伽羅先代萩」
いよいよ本命、政岡役で藤十郎の登場。千松役は、今回虎之介を襲名した扇雀の長男。声をよく出ていたし、セリフもきちんと覚えていてて可愛かったです。
梅玉の八汐のにくらしげなこと。白の着物とうちかけに、さらに白だけのお化粧。政岡が、赤の着物に黒地に雪持ちの松の模様のうちかけ(裏地はまた紅絹でまた目立つこと)。栄御前の秀太郎もよかったです。敵役こそ、しっかりした人がつとめてこその主人公。
例のお茶の台子での飯炊きの場面。小さなおにぎり(たぶん、おだんごかな。。。子役の二人は口にいれていましたから)が出て、そのあと政岡がお茶を出すのですが、若殿には天目台にのせた茶碗で、千松には、ふつうの茶碗。まさに貴人清次でした。
千松役の虎之介君、なぶり殺しされたあと、ちょっとジジの愁嘆場が長いので、足がゆらゆら動いていたのは、おなぐさみ。でも政岡のこの愁嘆場、見せ場でした。義太夫と三味線も舞台の藤十郎をじっと見ながらの演奏。
その後、舞台が大きくせり上がって、床下の場面へ
これが襲名興行のお約束でしょう。仁木弾正を幸四郎、荒獅子男之助を吉右衛門です!吉右衛門の格好いいこと。また幸四郎はセリフなし!ですよ。それでも弾正の不気味さ十分。この二人、兄弟であっても、めったに同じ舞台で並んで立っているのを見ることがないので、もうこれだけで席料の2万円取り返した気分。
それにしても夜の部は、口上とこのほんの5分ほどの場面だけ。。。。やはり襲名披露公演です。

最後はお正月らしい舞踊。最初が福助の「島の千歳」
福助もまたきれいで、うっとり、踊りもためいきが出ました。(踊りはやや苦手な私でも。。。です)
そして、「関三奴」は、橋之助と染五郎。大名行列の先頭をいく奴、奴の持つ毛槍を扱っての踊り。威勢がよくて、お囃子連中もにぎやかで、お正月らしい出し物です。橋之助の踊りがよかったかな。

さて、着付けを習い始めてもうすぐ一年。やはり人の着物姿はよく眼につきます。

歌舞伎座や道中で見かけた「いただけない」着物姿について。

その1 着物をあまりにも短く着付けている
 紬は短く着付けるのが道理としてても、足袋のこはぜ四つ、五つが全部見え、その上の足首の肌まで見えそう、まるで着物から足がニョッキリほど短すぎるのは、どうでしょう。料理屋や旅館の仲居さんならともかく。自分で着るときは、上から見て裾が見えないので、必ず鏡で確認するべきですね。最初は長めに着付けても帯を結ぶとちょうどいいくらいの長さになるものです。

その2 着物の前が深く合わせすぎ
 前の襟がほとんど身体の横にいってしまい帯の上に襟合わせが見えず、なんだか間がぬけて見える。これは、前幅がありすぎ?つまり、仕立てが大きすぎるから、こうなってしまうのでしょうか。

その3 末広がりの裾
 着付けるとき、裾をしっかり上げていないので、腰の幅どころか、それ以上に広がってしまってなんだか、だらしなく見えます。後ろから見て裾つぼまりに着るというのは、なかなか難しいですが。

その4 襟の抜きすぎと襦袢の襟のはみ出し
 襟の抜き加減は人の好みかもしれませんが、イスに掛けたとき、後方の席から見ると、まるでタンクトップを着ているように見えてしまうほど、広く抜きすぎるのはどうでしょう。若い娘さんならまだしも、中年のおばさんの背中はいただけません。
また、襦袢の後ろ襟が飛び出ているのは、やはり野暮な感じがします。着付け教室でもうるさく、「襦袢がきれいに着られるかどうかが、着付けの90%を決める」と言われます。難しいです。
 
その5 後ろのお端折が帯のたれから出ている
 お太鼓の位置や大きさの問題、または、お端折の位置(腰ひもの結ぶ位置)の問題でしょうか。せっかくの着物姿の眼目、後ろ姿が台なしだと思うのですが。

もちろん、歌舞伎座では、素敵な着かた、色合わせ、帯などがたくさん見られ、それが楽しみの一つでもあります。幕間にロビーで拝見する役者さんの奥様、売店あたりの観客の着物、着付け、髪型など。

私は、目下のところ、着物に二重太鼓でという日は、なんと2時間前から支度にかかります(汗)。一度で着られればよし、だいたい帯をやり直すというパターンが多いので、これくらいの時間が必要。あ、それから、天気予報で雨ときたら、とりやめです。歩き方がだめで、必ずはねを上げてしまうので。
着物はまだまだ「着て」いません。「着られている」状態からちょっとという所でしょうか。でも、とにかく、たくさん着る機会をつくって、せめて、支度に一時間。。。あたりにもっていきたいです。

ところで、2日には、小泉首相は新橋演舞場で海老蔵の「信長」をご覧になったとニュースで見ました。この歌舞伎の襲名披露興行には?と思っていたら、もうすでに昨年、京都、南座で見ているのですってね。
小泉首相は、相撲、オペラや歌舞伎を含めたいろいろな観劇によく出没しています。いままでの首相の中で、こうした動きがニュースで伝えられる首相は初めてでしょう。もちろん、外国の要人などの来日の際、お付き合いで歌舞伎や相撲見物などした首相もいたでしょうが、小泉さん(?)はほんとに、好きなのだと思えます。政治的にはいろいろ感じることもありますが、国の首相が余暇に、料亭での遊びだけでなく(?)、こうした楽しみを持っていると知ることは、国民としてちょっと嬉しい気がしています。ナショナリズムが強くなりすぎるのでは困りますがね。

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謹賀新年

明けましておめでとうございます

一人暮らしのお正月はこれで3年目になりますが、家族と一緒に過ごしたお正月の恒例のものはやはり欠かしたくないので、それなりの支度をしています。しかも、昨年までは、弟一家がお正月には来ていたので。でも今年はその弟達も日本にはいません。ほんとに一人のお正月となります。
だから、よけいきちんとけじめをつけようと思ったのかもしれません。朝は、簡単に祝い膳を作って、ビール。それから関東風のお雑煮を食べました。夜はブリの照り焼き。だいたいこれが毎年の我が家の定番でした。これにロースハムの厚切りやタコの酢の物、そして煮しめ。(さすがに、年末29日あたりから丸3日かけて作る本格的な煮しめこそはもう作る気はしませんので、冷凍物の材料を使って筑前煮になっていますが)

町は静かです。さきほど犬の散歩に出ましたが、商店街もコンビニ以外は全てシャッターが下りて暗かったです。でも、私が小学生のころは、それこそ三が日は全ての店がしまっているのが当たり前で、こうした静かなお正月だったのでした。
思い出したのが、本屋が開くのを毎日チェックしにいったこと。。。あのころは、今のようにいつでも好きなときに本や雑誌や買ってもらえなかったので、お年玉をもらったらとにかく本を買えることが楽しみだったものです。でも町の本屋は5日ごろまで開かないのです。毎日のように本屋が開いていないか、確かめに行ったのを覚えています。(けして、田舎ではないのですよ。私が住んでいたのは、渋谷区恵比寿です!)

昨日の紅白もいちおうチャンネルはNHKにしてあったものの、ほとんど見ていませんでした。
昔は、冬休みが明けて学校に行ったときに、友達と話ができないので(衣装は楽しみでした。その年の流行が分かって。。。小さな帽子がはやった年もあれば、毛皮フワフワとか、ロングとかミニとか。今でもよく覚えているのが、布施明の愛の不死鳥のときの白い飾りの付いた衣装。歌と衣装のマッチングを初めて感じた衣装。また男性の衣装もそれからはバラエティに富んでいったのです。それに、都はるみの総絞りの立派な振り袖とか。。。)、見ないなんて考えられませんでした。

でも、近年は、初出演者の発表のときほとんどが知らない人、曲ばかり。。。今年は特にそう感じました。だから、最初からあまり興味もなくなっていたのだと思います。それでも、夏川りみ(いつ聞いても、声量もあり歌詞もしっかり聞きとれます)、アリスの歌、ユーミンの上海からの中継の歌(曲もいいが、一緒に歌った中国のAmin?それから韓国の男性歌手とても声が良かった!CD化されていないとのこと残念)、それから渡辺美里の歌、あ、それからモーニング娘。(←もう解散するほうがいいのにと思いながら見ました)などは楽しみました。
やはり、WinmixやiPodの時代になってしまったのだと思います。それぞれが「自分の」好きな曲だけを集めてしかも自分だけで聞く時代。アーチストもそうですよね。好きな曲を聴くために、LPを買って、全20数曲聞き、その中にまた好きな曲を見つけたものですが、今はその曲だけをダウンすればいいのですから。「みんなが知っていて、みんなが歌える歌」なんて、もうあり得ないでしょう。そういう意味からいうと『紅白歌合戦』そのものが、すでにその役割がなくなってしまっているとも思えます。(ファッションの意味でも)

お正月のテレビ番組はつまらないです。今はNHKのウィーンからのニューイヤーコンサートを見ながら、これを書いています。このニューイヤーコンサートだって、昔は、教育テレビで8時ごろからやっていて、けしてメインではなかったですよね。(個人的にはこちらがメインになってとても嬉しいのですが)
シュトラウスは大好きなので。。。(ウィーンの墓地にもわざわざ花をたむけに行ったほど) 
バレーや背景の宮殿がとてもきれいで、毎年楽しみです。今年はハンブルクバレー団です。新ピチカートポルカなどは、しゃれたバレーでした。
指揮者のマリス・ヤンソンスのセンスなのでしょうか、演奏もとても明るくて小粋な気がします。小道具に携帯電話などを使ったり。このウィーンフィルのことや指揮者ヤンソンスさんのことについては、「JIROの独断的日記」のブログにたいへん細かく書いてあります。
また、そのウィーンフィルで演奏なさった方の素敵なブログ「K&Kの生活」では、練習風景やヤンソンス氏の素敵な写真なども紹介されています。
できたら、ウィーンでこのニューイヤーコンサートにいつか行きたいと思ってます。

明日も東京はどうやら曇りのようです。明日もまた犬との散歩の他は、どこへも出ずになんとか冷蔵庫の中のもので間に合いそうです。

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