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根津美術館『雛祭り』虎屋の雛人形と雛道具

ひな人形のお道具や、精巧な道具類を見てきました。
青山の根津美術館で、2月18日から4月9日まで、『雛祭り/虎屋の雛人形と雛道具』という展示をしています。
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5年ほど前に、東京赤坂の虎屋文庫でこの展示を行ったときには、大変な人気でした。(この文庫は小さいし)で、今回、根津美術館での開催のようです。

羊羹で有名なあの虎屋さんの十四代目当主(明治時代の方)が、お嬢さんのために、明治30年ころに誂えた雛人形やお道具が展示されています。
雛人形は、京都の丸平大木人形店で誂えたれた、立派な御殿飾り。(上記根津美術館の展示のページでこの雛壇飾りと、女雛のアップ、お道具類が見られます) 市松人形は、人間国宝の2代目平田郷陽がまだ職人のときに作ったもの。やさしいいい表情のお人形です。
 お道具類は、上野池之端にあった「七澤屋」とい細工屋が作ったものだそうです。まあ、これが、本当に精巧なもので、ため息ばかり。

七澤屋の特徴だそうですが、「大の字牡丹」という唐草牡丹模様の漆塗りで、全ての道具が作られています。これは、明治30年に作られたものではなく、その当時でもアンティークもので、江戸後期から明治初期に職人がしっかり作ったお道具類を、虎屋さんがそろえたそうです。三曲の胡弓にはちゃんと弓が添えられていますし、例えば本箱には、八代集と湖月集(源氏物語)が納められ、中に豆本が何冊も入っていて、それぞれ台が書いてありました。もちろん小倉百人一首もミニチュアであります。香箱には香道具が細かく入っているし。。。

お重で気に入って見入ったのが、「歌留多形重箱」。ほんの縦横3cmほどの重箱なのですが、左半分に「春過ぎて夏きたるらし・・・」の歌が書かれ、右半分には、持統天皇のお姿が、漆に金粉で描かれている精巧なもの。

また、宴会用の膳からお皿なども垂涎もの。尾形乾山の「色絵菊文向付け」のミニチュアの隣に、なんと五島美術館からその本物が貸し出されて展示されています。すべて、凝って作ってあります。染め付けのお皿や椀、寄せ木細工のお重。
また、これはめずらしいものだそうですが、硝子の食器お道具類がたくさん出されています。

ヨーロッパでもミニチュア道具やドールハウスは今でも人気で、大きな町には必ずこうしたミニチュアを売る店がありあります。日本にも、こんな素晴らしいものがあったのだと、改めて思いました。しかも、いつも出して飾っておくものでなく、一年にほんの一月ほどだけ、出すもの。

それから、虎屋さんの本業であるお菓子についての展示コーナーも面白かったです。源氏物語などによく出てくる「洲浜」というのはこういうものなのだと認識できてよかったですし。またとてもモダーンな竹籠、棹台、お得意様へお菓子を届けるための「お通い箱」には立派な虎の絵が書かれています。

愛らしくて、優雅で、そして春らしさを味合える展示で、見ることをお勧めします。


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おひな様を飾る

3年ぶりにお雛様を出し、飾りました。これは、母の手作りの木目込みの立ち雛です。

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母が亡くなって3年、ようやく出す気になれました。やはり、なんとなく春が来たという気がします。

わたしの産まれたときに父が買ってくれた飾り雛は、猫達が我が家にやってきてから、いたずらされるのが心配で、もう10年ちかく飾っていません。今年はせめてお内裏様とお雛様だけでも出して飾ってやりたいのと思っているのですが。

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文楽二月公演第一部

『御所桜堀川夜討』、〔弁慶上使の段〕
 歌舞伎の公演では、昨年12月に、橋之助の弁慶と、福助のおさわで見たばかり。弁慶のかしらは、「大団七」というそうですが、眉も太く、目もかっと見開いて、役にあった立派なもので、舞台でもとても大きく見えました。
 もうあらかたの筋はわかっているので、文楽での、証拠の片袖の模様はどうなんだろうかと、おさわが娘の信夫を身ごもった経緯を話すところで、オペラグラス。真っ赤な振り袖に、模様はやはり「筆、硯」そして、「クジャクの羽」でした。歌舞伎の衣装も赤の地に、「筆、硯」まで一緒。でもあと一種が孔雀の羽という記憶がなくて。次に見る機会があったら、しっかり確認します。弁慶が、おさわとたった一度契ったとき、「二八(にはち)」つまり、16歳で、書写山の寺小姓、鬼若と名乗っていたときです。そのときに、着ていたのが、赤の大振り袖というわけです。
寺小姓というのは、まるで「女の子」のような姿をしていたようです。確か、八百屋お七も火事で避難した先のお寺の小姓に人目惚れだったし。まあ、着物の模様が筆と硯と文房具、やはり寺小姓らしい模様ではあります。孔雀の羽はどのような文房具でしょう。経机の上のほこりを払うとか・・・・?
 なお、例の弁慶の「産まれた時の産声より、ほかには泣かぬ弁慶が三十余年の、溜め涙~」のところ、文楽では人形の背中でその大泣きを見せていました。
 さて、今回の太夫は、最初が豊竹新太夫、そして切が、十九太夫でした。親子だそうですね。十九太夫は立派なお顔。文楽の太夫さんは、とてもいいお顔の方が多い気がします。また大柄な方が多い。芸が顔を作り、身体を作るのでしょうか。

『関取千両幟(せきとりせんりょうのぼり)』
〔猪名川内より相撲場の段〕
 この出し物は初見です。この見所というか、聞きどころは、三味線の鶴澤燕二郎です。春に「六世鶴澤燕三」の襲名を控え、これが燕二郎としての最後の舞台となるので、そのご祝儀演目。
 相撲場へ場面が変わるとき、舞台は浅葱幕が下りて、その転換の間に、燕二郎が三味線で「櫓太鼓」の曲弾きをするのですが、これがまあすごい。文楽では、やはり太夫さんが一番で、三味線はあまり目立ちませんが、今回は、つくづく太棹なんだと思わされました。それこそ、津軽三味線のような力強さ、まるでずっと昔のベンチャーズのエレキギターを聞いているような「ツレツレツレツレ」、両手で糸をつま弾いたり、バチの横や下で糸をはじいたり、三味線そのものを両手で上に持ち上げて弾いたり、まるで三味線のサーカス。もう拍手拍手。大向こうからの声もかかっていました。
 また「髪梳き」では、胡弓が出てきます。そのせつない音に合わせて、夫の猪名川の乱れた髪を、女房のおとわが梳いてやるのですが、人形遣いは、人間国宝の文雀さん、人形の手先の指が本当に胡弓に合わせてせつなそうに髪を梳くんです。このおとわの出番は、ほんのちょっとですが、やはり見せどころがしっかりあります。
 
 第二部は『曾根崎心中』です。もう切符は全て売り切れ。残念ですが、また5月の公演を楽しみにします。
 


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文楽二月公演第三部

国立劇場での文楽公演のうち、第三部を見てきました。
『天網島時雨炬燵』
 近松の『心中天網島』を改作したもので、その節付けや演出の面白さから庶民には、人気の出し物だったようです。最初の「北新地河庄の段」では、敵役の太兵衛と善六が、ほうきを三味線に見立てて、浄瑠璃めいた節で、小春の前で、治兵衛の悪口を言いたてる〔口三味線〕のところ、これが改作部分。太夫は伊達太夫。治兵衛が頬被りして舞台に出てくる切り場の太夫は、住太夫。もう出てきただけで、立派で。。。文楽の太夫さんは、きっとこうした立派なお顔立ちでなければ、切り場を語る太夫になれないのかも。。。とまで思います。
この場面は、小春が治兵衛の女房おさんに義理立てをするところ。
 次の「天満紙屋内の段」は、今度は女房のおさんが、小春に義理立てをする場面。ここで、治兵衛がグズグズと泣き寝入りをしているのが、炬燵。
 十月の「炉開き」というのは、お茶の世界ではまさに「お正月」ということで、特別なものですが、どうも、昔は炬燵をあけて、最初に火を入れるときにも、家々でもきちんとしたことをしたらしいです。義太夫の語りに、「一昨年の十月、中の亥の子に炬燵明けた祝儀とて~」とあり、まさに炉開きと同じだと思いました。お茶でも「亥の子餅」ですよね。冬になり火を使うようになることで、その安全を祈っての儀式なのでしょうか。
 それにしても、この話、登場人物がみないい人(敵役の先の二人は別)。義理を立て合う女二人の心のやさしさ、そして強さに比べ、なんとも男の治兵衛の不実なそしてだらしなさ!そのだらしなさから、子供達まで巻き込んでしまう悲劇的な最後の場面。
語るのは、豊竹嶋太夫。はい、この人も立派なお顔。うーーーん。なぜでしょうか。
近松の最高傑作といわれるこの作品。現代でも、その義理人情が心を打ち、また見てみたいと思わせる作品です。歌舞伎で藤十郎か扇雀で見たいかなぁ。

きょうは、4月末ごろの陽気とかで、暖かで。着物を着て行きましたが、コートなどまったく必要なかったです。
NHKの中継車が来ておりました。小劇場の最後列の2列にカメラが3台ほど陣取って録画していました。きっと4月か5月あたりに、教育TVで放映されるんでしょう。

次は、今週金曜日に第一部を見に行きます。人気の第2部曾根崎心中は、チケット取れませんでした。

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二月大歌舞伎/昼の部

新春の出し物は、必ず『曽我もの』と昔からの決まりだそうですが、昼の部の最初の出し物が、舞踊で『春調娘七草(はるのしらべむすめななくさ)』。静御前が芝雀さん、曽我十郎が橋之助さん、五郎を歌昇さんが踊りました。
 芝雀さんは、昨年、歌舞伎の女形のお化粧のセミナーで、その「変身」の様子を見せていただいていましたが、まあ、とれもきれいで。。。ため息でした。(ふつうのやや小柄なオジサンがどうして、あんなにきれいな若い娘になれるのでしょうか)
 春の七草(セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、スズナ、スズシロ、ホトケノザ ←秋の七草と一緒に覚えさせられました。いまでも言えます)。七草をまな板の上で叩いて、それが邪気を払うとのことのようで、やはり新春を言祝ぐ趣向になっているようです(一月の歌舞伎座は、藤十郎の襲名興行でしたから、実質の新春公演がこの二月だということなのでしょう)
 次の出し物『一谷ふたば軍記』は、今回は「陣門」と「組打」の場。熊谷直実を幸四郎さん、無冠太夫敦盛(熊谷小次郎)は、福助さん。そしてその敦盛の許嫁玉織姫を芝雀さん。昨年も仁左衛門で見たし、文楽でも見たし、もう筋は分かっているので、ただ配役が違う版を見るだけと思っていました。しかし、今回、さらに面白く見ました。
つまり、陣門の場面では、小次郎は身代わりになる覚悟で平家方の砦に討ち入っていくのだとわかって見ると、今までのように、ただ初陣で血気にはやって先駆けしていく。。。というのではなく、また平山武者所にあおられて攻め入ると見せて、実は覚悟の上であ陣屋に討ち入るのだと見えるようになりました。また、陣屋のうちから聞こえる管弦に都人の優雅さと武蔵の田舎者である自分の差をを感じながらじっと耳を傾けるところも、意味あることのように見ました。
 「組打」の場面では、今回は、例の遠見の場面(子役や人形を使っての須磨の海上での様子)が、なかった分、直実と敦盛(実は息子の小次郎)の台詞外の心のやりとりがよくわかりました。敦盛の父母への遺言の場面など、つい涙が出そうになるほど。。。
 それから、「馬」。敦盛の乗る白馬、足を見ると、足袋の前半分が灰色で、ちゃんと馬の足に見えます。この馬は、それだけで、30kgほどになり、その上に、鎧甲冑の敦盛、実盛が乗ると、なんと100kgくらいになるとか。足役の二人はたいへんな労働。
昔の川柳に
      長台詞せつながってる馬の足
というのがあるそうですが、そのとおりでしょう。
敦盛が実盛に組落とされ、主のいなくなったその白馬が、花道を駆けていくところも哀しそうでした。

やはり、何度も同じ出し物を見ることで、いろいろ細かいことに気が付くようになるのだと思え、またこれからが、さらに楽しみになりました。

休憩後は、再び舞踊で、『浮ねのともどり』で、お染(菊之助)、久松(橋之助)、そこにからむ女猿曳きに芝翫さん。菊之助さんが、また美しい。今回は、夜の部で玉さまと『二人道成寺』を踊っていますが、やはり、見る甲斐がありそうだと思いました。衣装がいかにも大店のお嬢様という感じで、きれいでした。

最後の出し物は、『幡随院長兵衛』。吉右衛門さんが、まあ格好いい大親分。子役の宗生君(橋之助の三男)は、昨年がお披露目でしたが、一年で、台詞もしっかりしてきて、観客をしっかり泣かせてくれます。
 さて、お芝居は・・・最初の場面が、江戸の歌舞伎上演中の小屋の舞台で、その劇中劇での坂田公平(さかたのきんぴら)の団藏さんが面白くて、本当に江戸の小屋で見ている気分でいると、水野方の仲間が酔って花道に上がってきて、芝居を中断させていまう、というところから始まります。吉右衛門さんの幡随院長兵衛が、その喧嘩の仲裁に上手の観客席から出てくるので、まるで、本当に江戸の小屋で私たちが、見ているような気になり、野次馬気分でヤンヤの喝采です。(宝塚ではよくスターさんが、客席に下りてきたり、客席から登場したりするのですが、歌舞伎では初めて見ました)
 例の風呂場で白鞘組の長、水野の殿様に殺されてしまうので、ちょっと。。。なのですが。(よく、TVのサムライものでもこの「白鞘組」って出てきます。旗本のドラ息子達って設定でだいたいがワル。これ史実なのでしょう。

さて、ロビーに面白い灯籠が飾ってあった、不思議に思っていたら蟋蟀さんの「新蟋蟀日記」にそのことが書かれてあるのを見て、もっとしっかり見てくるんだったと残念に思いました。

節分後(つまり春立後)の、2月の第一の午の日を「初午」と言い、天明天皇(和銅4年2月11日)に京都伏見稲荷の神様が降臨したことに基づいて、各地の稲荷神社で祭典を行う・・・とされ、初午詣のことは、『今昔物語』や『枕草子』にも参拝の様子が記されており、平安時代の初期から熱烈な信仰があったようですし、江戸時代は、とにかくあちこちにお稲荷さんがあって、盛んだったようです。やはり新暦になって、こういう行事が廃れたのでしょうか。

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春は名のみの

昨日が立春。手紙で季節の挨拶も「残寒の候」となりましたが、まあ昨日、きょうと寒いこと。日本海側では昨日も大雪で各地大変なようです。東京は、空気がキーンと冷えていて、湿度も20%ほどです。

今年は、このあたりの梅のつぼみもかたく、まだまだ咲きそうにありません。春を感じるために、梅の開花を待っているのは、古今の時代の人と同じです。

  春霞たてるやいづこみよしのの吉野の山に雪はふりつつ 
                    読み人しらず (古今和歌集 巻第一 春歌上 3) 

春になって霞がたちこめている所はどこなのだろうか、ここみ吉野の吉野山にはまだ雪が降り、降り、いっこうに春になりそうもないけれど。

『新古今和歌集』の巻第一の巻頭歌は、この古今の歌を本歌取りして、春らしい日を歌っています

  み吉野は山もかすみて白雪のふりにし里に春はきにけり 
                            藤原良経

こんな歌がぴったりするようになるのは、あとどれくらい先でしょうか。

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節分

きょうの節分の鬼は、愛犬のフローラにやってもらおうと、可愛い赤鬼のお面をお耳にゴムで留めてみたのですが、やはり気にいらないようです。昔から身体に何かつけられることが大嫌いですし。

それでも、春を迎える行事です。大きな声で「鬼は外、福は内」と叫んで、豆をまきました。部屋の中にまいた豆は、あとをついてきたフローラがきれいに掃除してくれました。今日の豆は、砂糖巻きの豆でしたからね。
floraoni

最近は、奇妙な「恵方巻き」というものをコンビニなどで売っています。関西の習慣と聞きますが、西宮出身の母から一度も聞いたことがありません。バレンタインデーのチョコレートと同じで、変な商戦に巻き込まれることは、イヤです。だから、今夜は豚汁ですよ。

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