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国旗と国歌

日の丸好きです。世界の国旗の中で誰にでもすぐ覚えてもらえる配色とデザイン。海外で青い空にあの白地に赤い旗がへんぽんと翻っているのを見たときの、あの気持ちよさ。
わたしは、小学生のとき、「白地に赤く~」という歌を習いました。(歌詞を書くとどこからか、チェックがはいりそうですが)「あ~美しい日本の旗は」と終わります。

君が代の歌詞、「君」が戦前の天皇と考えるなら、おかしいですが、現代の憲法の下、「主権在民」を疑う人は誰もいないでしょう。他の国だって、国家体制が変わっても慣れ親しんだ以前の国歌をそのまま使っている国はいくらでもあるではありませんか。
あの君が代。。。「君」は、両親であり、先生であり、先輩であり、友人であり、自分であるとしっかり教えればいいのです。なんの不都合もありません。その自分たちの繁栄を「千代に八千代に」栄えるよう、一人ひとりが努力していく誓いの歌、「言祝ぎ」の歌として、歌うことがおかしいとは思いません。

どこの国でも国旗や国歌に対して、国民は誇りを持っています。つい先日、軍がクーデターを起こしたタイ。70年代、あの国に行ったとき、とても驚いたことがあります。映画館に入ると、映画が始まる前に、プミポン国王夫妻の写真がスクリーンに映し出され、国歌が流れ、観客は皆立って敬意を表すのです。王様の国はこういうことなのかと感じました。(娯楽の場まで、国旗や国歌を持ち出したいとは、けして思いませんが)
アメリカ合衆国は、移民がアメリカの市民権をもらうときに、国旗に忠誠を尽くすことを誓わされ、国歌『星条旗よ永遠なり』の二番だか三番までの歌詞が歌えないと認められないと聞いたことがあります(今でもそうなのかは・・・不明)今でも公立の小学校なら、教室に必ず星条旗がかかっているのではないでしょうか。移民の国ですから、その心を一つにするための本当に必要な手段としての、国旗や国歌なのでしょう。
国際的にも、国旗の掲揚順を間違えたり、上下逆に掲げたりすると、その国を侮辱するのと同じこと、だから、外務省にはそれ(プロトコロール)を専門とする部署もあるはず。

個々にいろいろな思いがあるにせよ、公立の義務教育の式典で国旗を掲揚し、国歌を歌うことがなぜ自然にできないのか、そのほうが不思議。

また、最近は、学校で、「君が代」をきちんと教えないのか、不思議です。わたしは、少なくとも小学校で習いましたが・・・。近頃接する学生に「国歌斉唱」と言っても、きちんと口を大きくあけて、歌える人がいないことには驚きます。そんな国、どこにあるでしょう。恥ずかしいです。

確かに、不幸にして日本は第二次世界大戦で、この旗のもと戦地に送り、送られた記憶を持つ人がいます。でも、戦後、別なデザインの国旗や、別な歌詞の国歌が制定されていたら事情は違うのでしょうか。そうではないのでは。

誇りを持って国旗を仰いで、国歌を歌えるような国に、世界の人が日の丸を見たとき敬意を払ってくれるような国にしていこう、それが日本に生まれ、育つ人の役割だからと、肝心なことを教えればいいのでは。

憲法の改正問題や靖国問題など、ややイヤなことが話題にあがります。しっかりと、一つ一つを見極めながら生きていきたいし、若い人に語っていきたいと思っています。

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