三宅坂の国立劇場の開場四十周年記念、真山青果作『元禄忠臣蔵』、三ヶ月通し上演、大詰めは幸四郎の内蔵助。
松の廊下での刃傷のときと同じく、吉良邸討ち入りの場面は、刀を振り回しての立ち回りは一切なく、義士達の台詞でその様子をわからせる手法。映画やテレビで、討ち入りと言えば、泉水の所での堀部安兵衛と清水一学(でしたっけ?)との一騎打ちの場面や、墨倉に隠れている吉良さん等を見ているので、かえって想像力が働いて新鮮でした。
舞台装置がまたよかったです。泉岳寺墓前の場面では、杉の木立にずっしり雪が積もった背景画が、静かで厳粛な雰囲気で、それが義士達の心の表れのようでした。
また仙石伯耆守屋敷の大広間での詮議の場面も掛け軸や、違い棚の道具も立派でしたし、細川屋敷詰番詰め所も、お道具類の大小の桐箱が棚に並んでいて、それらしく、また坪庭に見える紅梅の古木の姿がよかったぁ。
この3ヶ月、ずっとこの舞台背景や襖絵、飾り道具の良さに感心していました。こうした背景や小道具が本物らしい立派なものだからこそ、役者さんの演技力も光ってくるような気がします。
討ち入りの日は江戸は大雪。そのお陰で、火消し装束の47人が隊列を組んで町を歩いても足音が消された。。。14日ということは月は満月に近いわけで、雪が止んだあとは、その月の明るさが助けたとか。。。
陰暦の12月14日というのは、太陽暦でいうと1月末か2月初めにあたり、だから江戸で雪が積もるほど降っても不思議はありません。しかも何かで読んだのですが、300年前の地球は寒い時期にあたっていたとか。
キーワードが「初一念」。内蔵助がお預け先の細川家の若殿に、一生の宝になる言葉を求められて、言う台詞。
何か大切なことを行うときには、最初何もわからないときに、まず浮かび感じ取ったこと(初一念)を信じてやり通すこと、いろいろ考えたり見たり、損得を考えたあとに答えを出すことより、善悪の誤りはない。なかなか含蓄のある言葉でした。
芝雀さんのおみのと磯貝十郎左衛門のことは、真山のフィクションですが、実際、磯貝の遺品の中に、袱紗に包まれた琴の爪があったとのこと。どんな謂われがあったのか、ロマンチックなこと。
切腹の沙汰が公儀から出されるまでの五十日。実際、お預け先では下へも置かぬもてなしだったそうで、義士達の話や手紙、歌、日々の様子が細かく記録として残っているそうで、今月のプログラムにもそのうちの一部が載っています。
3ヶ月通ったので、今回、記念の手拭い(主演の吉右衛門、藤十郎、幸四郎のサインを染めたもの)をいただきました。
それから、今日もロビーに入るとものものしいSPがたくさん。先月、小泉前首相のご観劇だったので、あれ、また重なったか。。。と思いましたが。
いくらなんでもそれはなくて、本日は、皇太子殿下がご観劇でした。2階席の1列目24番あたり。(わたしも今日は2階の5列目でした)お席につかれるとき、また終演後立たれたときには、場内の人々は自然に立ち上がり、そして拍手が起こりました。上演中は、お隣に、たぶん松竹の社長がご説明係としてお座りだったような。。。(それにしても男ばかりの集団で。。色気なし。。。)
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