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宮廷のみやび 近衛家千年の名宝 

見る価値あり!
080208_002 上野の国立博物館で27日(日)まで開催中の陽明文庫創立70周年記念の特別展に行ってきました。

この陽明文庫というのは、1937年に、五摂家の筆頭、近衛家(始祖はあの藤原鎌足)に伝わる家宝を分類整理して作られたことは知っていましたが、そのときの当主が敗戦時の首相で自殺した近衛文麿だっとということは、今回初めて認識しました。

まず眼目は『御堂関白記』(国宝)
日記は具注暦(ぐちゅうれき)に書かれています。具中暦というのは、今で言うカレンダーですから、カレンダーの余白にその日の出来事を記録してあるものです。
カレンダーといってもこの当時は、毎年、陰陽寮の暦博士がつくり、11月に奏進、それを役所や公家に分配されて、それぞれで日の吉凶を見たり、日記を書いたりに使われたもの。
まず1年を上下2巻に分け、まず第一行目に、日付・干支、日の吉凶(例えば沐浴とか)が書かれ、あと次の2行が空白になっていて、ここに日記が書かれています。

今回出されているのが、まず寛弘四年(1007)下巻、道長が一族の繁栄を祈念して奈良の金峯山の神社に法華経の納経したときの都を出立した日からその奉納の日のところが展示されていました。
そして一緒に、その金峯神社からその法華経が納められていた金銅の経筒と経箱(ともに国宝)、中に納められていた紺色地に金で道長が書いた法華経。
感慨深く見ました。こういう展示のしかたはいいと思います。

それから、次が寛弘五年(1008)下巻。そう娘の彰子が一条帝のもとに入内して十年、ようやく待望の男児が土御門邸で誕生したその九月のところが展示されていました。
『紫式部日記』でこのお産のこと詳細に書かれているので、同じ屋敷の内に、あの『源氏物語』の作者紫式部が生きて、同じ騒ぎの中にいたのだと感動して見ました。

ただ、日記は漢文で書かれているし、しかもこの道長の日記の漢字は誤字があったり、正式な漢文(?)ないらしく(そこが、いかにも「氏の長者」らしいとよくいわれています)、また書くところがないと、自由にあちこちに飛ばして書いているので、研究者がいまでも読めない箇所があると聞いています。
今回の展示でも詳しい内容が書かれていなかったのは、まあ、それを読むために見る人が立ち止まっては・・・と思ったからでしょうか。でも、もう少し背景などを書いてもよかったのではないでしょうか。

それから面白く見たのが、伊勢物語のモデルといわれている藤原高子(タカイコ)が納めたという経、その経の最後の署名、消えそうな小さな文字に、神経の細やかなかわいらしい女性が思われ、なんとなくイメージが変わりました。
それから西行の消息。この定家に歌合わせの判者を依頼したことをついこの間連載が終わった朝日新聞の連載小説で読んでいたので。

行成の『白氏文集』。藤原佐理の『離洛帖』。『大手鑑』。(すべて国宝)もう、三跡や三筆で覚えた人の手になるものがずらーり。
また、手習いとその元の書が展示されていましたが、文字がそっくりなのは当然ですが、墨付きまでまったく同じに臨書していることにびっくり。こうして練習を重ねてのあの文字なのだと納得。

軸の表具や茶入れの仕覆などに使うためのいろいろな生地も展示されていました。
家凞という17~18世紀を生きた近衛家の当主は、政治は江戸にもっていかれ、まさに風流に生きることで貴族の存在を見いだしていたかのように、書、その表具、絵、茶の湯とたいへんな趣味人。
18世紀ともなるとフランスやペルシャ製のもモールや更紗などが、長崎のオランダや朝鮮(経由して中国のもの)が、たくさん入ってきていたことがよくわかりました。(逆に日本からは漆器や陶器が輸出されていたということ)
キリスト教の「IHS]の模様が入った繻子の生地などビックリです。

工芸品では、香道具の「物かは」は、紐をかける金具にその文字がデザインされている斬新さ、また御所人形や芥子粒のような雛道具の可愛らしいこと。
茶杓箪笥には、31本納められているのですが、どれも作者が。。。。ため息。

見るのを迷っている方がいたら、ぜひ足を運ぶことお勧めします。
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金曜日の午後に出かけ、ランチをオークラのガーデンレストランでとり、2時過ぎに入館したのですが、それでも結構な人出でした。

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雪景色 日曜でよかった

節分の朝、起きると、予報どおりの雪。春を呼ぶ雪、なごり雪かな。

080203_008_2 それにしても、今日は日曜日、仕事の日でなくてよかった。。。。
予定を入れていなくてよかった。。。
昨日のうちに買い物を済ませておいてよかった。。。


080203_009 どうやら峠は越えたようですが、この雪は今夜のうちに凍ってしまうと、明日が。。。
犬の散歩へ出たついでにマンションの前の雪だけは、運動がてらスコップでどけました。
スニーカーで出たので、靴も靴下もビショビショ。

高校や大学の受験が今日というところが多いらしいですが、昨日からこの雪の予報が出ていたために、対策ができていたからか、特に遅れもなく試験が開始されたとか。

雪の椿、水仙。いつもよりとても健気に見えましたので、パチリ。

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与勇輝人形展 神様のすみか

与勇輝さんは、川崎市中原区のご出身。その地元にある川崎ミュージアムで一月の中旬から2月3日まで開催されている人形展『神様のすみか』を見てきました。

080203_006 このチケットやポスターに選ばれている人形は「早春」とタイトル。桶に入っているのは梅の枝。まさに今にぴったり。
与さんの人形は、みんなちゃんと2本足で立つように作られています。このお人形の説明文にも、「桶を持たせたことで、バランスを取ることがとても難しかった。桶は木を薄く丸彫りして作った」とありました。それぞれちょっと腰が出ていたり、お腹が出ていたりでバランスを保っているようですが、それがまたいかにも子供らしい!

衣裳の着物地にもこだわっておられ、すべて手作り。「うたたね」という人形の場合などは、ぴったりの木綿の布が出てくるまで、そのアイデアを温めていたとか。
「おつかい」という作品などは、手に大切そうにかかえた「風呂敷」の布地を見つけるのが大変だったそうです。
小物作りも、鍬の先の鉄に見えるように紙に何度も色をかけたり、「ちゃんのおつかい」という作品の坊やが抱えている一升とっくりは、瀬戸物で作られてミニチュアと思いきや、実は紙で何度も砥の粉をかけてそれらしく見せる努力あったり。
「おけいこ」という作品は、男の子の弾いているバイオリンの弓はわざわざ桜の木を削って作っているとか、与さんはこうしたことも楽しんでいることが、見る者にも伝わります。

「こんがり焼けた」火鉢でお餅を焼いている三人の坊や。
「水辺」の少女の右足の指先のつんと立っている色っぽさ。
「西瓜畑」のカッパのような男の子の食べる顔。

こういう人形を作る仕事っていいですね。人形を見る人は、けして怖い顔や哀しい顔をしません、そしてつい顔がほころんできてしまいます。本当に帰り道は、心温かでした。

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