奈良の旅

秋の奈良に行ってきました。

朝7時に新横浜を新幹線「のぞみ」で出発すると、10時前には奈良に着いてしまうのですからずいぶんと近くなったものです。

Kaki 西大寺で降りて、秋篠寺へ。久し振りの伎芸天との対面。境内も緑の苔が美しく、とても静かで旅の始めとしてぴったりでした。
 奈良市内へ移動して、東大寺の転害門から歩き始め。まず秋の特別公開中の正倉院へ。
もう十数年前に見たときも、想像を超えた大きさに驚いたものですが、今回も改めて感動。
 その後は、戒壇院へ。ここは、奈良に来ると必ず寄りたくなる場所、四天王を見たいがため。私は広目天の厳しい表情が一番好きで、この像を見ると、身がひきしまる思いがします。

ちょうどお昼なので、戒壇院近くの依水園の中にある「三秀亭」で昼食。ここの名物は「麦とろろ飯」。お腹にもやさしく、さっぱりして美味しかったです。
Isuien1 予約をしてあったので、床の間前にお席を取ってくれていて、正面の窓から眺めるお庭、ところどころ色づいて美しくこれも馳走でした。この依水園は、登大路からほんの数分入っただけの所とは思えぬお庭です。奥のお庭からは、春日山と東大寺の屋根までが借景となっていて、何度来ても見飽きぬ眺めです。

それから興福寺へ。ちょうど興福寺境内へ入るところで、天皇・皇后のお車に行きあいました。お車のスピードを緩めて、窓からお手振りをされる場所とのことで、たくさんの修学旅行生や日の丸の旗を振り、歓声をあげていました。

興福寺の国宝館へ。ここでは、阿修羅像と、山田寺の仏頭を見るのが楽しみで。阿修羅像と十羅漢像は来年上野の博物館へやってくるそうです。
それから東金堂、同じく奈良遷都1300年記念で特別拝観となっている五重塔の第一層へ。ここでは堂の床下がのぞけるようにしてあり、太い塔の心柱が見らるのです。

そしていよいよ今回の旅の目玉、『正倉院展』へ。土日は混み合って入館するまでに何時間か待ちになるので、金曜日のしかも午後3時過ぎの入館を狙って行きました。狙いどおり、並びはまったくなく美術館新館内へ。館内もそれほどの人ではなく、どの展示品もゆっくり鑑賞でき、大満足でした。
 第一回目に展示され、今回60年ぶりに出された「白瑠璃椀」。1250年も昔、聖武天皇も光明皇后も今の私たちと同じように、この椀の美しさを愛でたと思うと。。。
しかも、もうこの椀をこの世で再び見ることはできないかもしれないと考えると、さらに感慨深いものがありました。
 螺鈿の鏡や紫檀の双六局、金銅八曲長杯、黒柿両面厨子など見所のある展示品は、それぞれ美しく、こうして長い年月、いろいろな時代の人が大切に守ってきた理由が伝わってきまひた。
 今回は当時の人の生活を感じさせる展示物も出されていました。
たとえば、きれいな貝でつくったスプーンとか、椰子の実の面白い顔の置物とか。これなど、フィリピンの場末の土産物屋で埃にまみれて売られていそうなものでした。
また、官吏が上司宛に書いた欠勤理由書などは、やれ、でき物が出来てしまいなかなか直らなかったのでとか、妻の母親が具合が悪かったので、などと、いつの世もずる休みの理由付けは同じだと、つい笑ってしまいました。

夜は、近鉄奈良駅すぐ側のフレンチレストラン『ビストロ ル・クレール』へ。美味しかった。
泊まりは、奈良ロイヤルホテル。ここは、温泉スパがあったので、歩き疲れた身体にはうれしいものでした。

翌日は、ホテル近くの法華寺からスタート。十一面観音の美しさ愛らしさは言うまでもなく、何といってもあの右足の親指に、毎度感動です。すぐ隣の「海龍王寺」は入り口のあの荒れた感じがいいです。近くのウワナベ・コナベ古墳を回って、平城京へ。
Suzakumon 遺構展示館や奈文研の「平城宮跡資料館」をしっかり見て回って、再建された朱雀門へ。
この公園、今はただ360度、広い野原で、兵どもが夢の跡。。。という言葉がつい出てしまうのですが、あと何年かすると、今再建中の大極殿の回りに朝堂や回廊まで再建予定とか、ちょっと感慨が変わってしまうかもしれません。

ここから、東大寺へ移動。東大寺境内はやはり人出が多い。韓国や中国語も聞こえますが、欧米人が多いと感じました。鹿達は昔より餌をねだるのが上手になったようです。
大仏殿のあとは、二月堂・三月堂へ。三月堂で月光菩薩に久方ぶりに対面。二月堂から見る大仏殿と奈良市内の景色が好きです。
朝9時から2時過ぎまで歩きどおし。遅いランチは、奈良公園内の奈良新公会堂の「レストラン能」で、カレー。ここは奈良ホテルの出店なので、美味しいのと、レストランからの公園の眺めが素晴らしい。

今回の奈良の旅はここまで。お天気にも恵まれ、大満足の二日間となりました。

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シャンソンの夕べ Chanson D'amour

恵比寿駅のすぐ近くの小さなカフェで、林夏子さんと秋草しのぶさん、お二人によるシャンソンのライブがありました。お二人のうちの秋草しのぶさんと、二十数年前にエジプト旅行でご一緒になったご縁です。
080930_007 数年前にシャンソンにはまって。。。とお聞きしていたのですが、こんなに本格的になさっているとは。本当に楽しい一夜で、職場の友人も楽しんだようで、誘ったかいがあったというものです。

会場のアートカフェフレンズもこぢんまりと落ち着いた雰囲気でした。
しのぶさんの歌の先生、テノール歌手の片山賢吉郎さんもお見えで、飛び入りで素晴らしい声を披露していただけました。
片山さんは、来月にここでCD発売記念のライブを行うとのことで、また友人と行くことになりました。

ライブの前に、恵比寿西口にある豆腐と地鶏料理の店『空の庭』に行きました。渋谷にもお店があるのを知っていましたが、今まで行ったことがなかったので、今回、利用してみたのですが、やはりできたてのお豆腐が美味しかったし、椎茸の海老しんじょも美味でした。

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9月文楽『奥州安達原』

夜の部を見てきました。
今回は、普段よく演じられる三段目ではなく、安達ヶ原の鬼婆の話をモチーフにした四段目の上演でした。

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筋立ても面白く楽しめました。桶の中の切り落とされた腕がゴロンと出るとか、実の娘を殺してしまうなど、歌舞伎で人間が演じるのでは少しおどろおどろしい話の展開で、やはり人形、文楽での出し物としてぴったりだと思えました。

「一つ家」の段では、久し振りの呂勢太夫をしっかり聞けました。咲甫太夫は相変わらず人気があるし。そして奥では、咲太夫が休演でしたが、代演の文字久太夫が更に熱のこもった語りで、引き込まれました。また燕三さんの三味線もよかったし。
鬼婆の老女岩手を遣ったのは、勘十郎さん。この人形の顔がまたすごい迫力で。
生駒之助を遣ったのが、今回襲名された清十郎さん。

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昼の部で、その五世豊松清十郎襲名披露の口上があったのですが、ロビーの正面はこのお祝いの飾りがされて華やかでした。

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宮廷のみやび 近衛家千年の名宝 

見る価値あり!
080208_002 上野の国立博物館で27日(日)まで開催中の陽明文庫創立70周年記念の特別展に行ってきました。

この陽明文庫というのは、1937年に、五摂家の筆頭、近衛家(始祖はあの藤原鎌足)に伝わる家宝を分類整理して作られたことは知っていましたが、そのときの当主が敗戦時の首相で自殺した近衛文麿だっとということは、今回初めて認識しました。

まず眼目は『御堂関白記』(国宝)
日記は具注暦(ぐちゅうれき)に書かれています。具中暦というのは、今で言うカレンダーですから、カレンダーの余白にその日の出来事を記録してあるものです。
カレンダーといってもこの当時は、毎年、陰陽寮の暦博士がつくり、11月に奏進、それを役所や公家に分配されて、それぞれで日の吉凶を見たり、日記を書いたりに使われたもの。
まず1年を上下2巻に分け、まず第一行目に、日付・干支、日の吉凶(例えば沐浴とか)が書かれ、あと次の2行が空白になっていて、ここに日記が書かれています。

今回出されているのが、まず寛弘四年(1007)下巻、道長が一族の繁栄を祈念して奈良の金峯山の神社に法華経の納経したときの都を出立した日からその奉納の日のところが展示されていました。
そして一緒に、その金峯神社からその法華経が納められていた金銅の経筒と経箱(ともに国宝)、中に納められていた紺色地に金で道長が書いた法華経。
感慨深く見ました。こういう展示のしかたはいいと思います。

それから、次が寛弘五年(1008)下巻。そう娘の彰子が一条帝のもとに入内して十年、ようやく待望の男児が土御門邸で誕生したその九月のところが展示されていました。
『紫式部日記』でこのお産のこと詳細に書かれているので、同じ屋敷の内に、あの『源氏物語』の作者紫式部が生きて、同じ騒ぎの中にいたのだと感動して見ました。

ただ、日記は漢文で書かれているし、しかもこの道長の日記の漢字は誤字があったり、正式な漢文(?)ないらしく(そこが、いかにも「氏の長者」らしいとよくいわれています)、また書くところがないと、自由にあちこちに飛ばして書いているので、研究者がいまでも読めない箇所があると聞いています。
今回の展示でも詳しい内容が書かれていなかったのは、まあ、それを読むために見る人が立ち止まっては・・・と思ったからでしょうか。でも、もう少し背景などを書いてもよかったのではないでしょうか。

それから面白く見たのが、伊勢物語のモデルといわれている藤原高子(タカイコ)が納めたという経、その経の最後の署名、消えそうな小さな文字に、神経の細やかなかわいらしい女性が思われ、なんとなくイメージが変わりました。
それから西行の消息。この定家に歌合わせの判者を依頼したことをついこの間連載が終わった朝日新聞の連載小説で読んでいたので。

行成の『白氏文集』。藤原佐理の『離洛帖』。『大手鑑』。(すべて国宝)もう、三跡や三筆で覚えた人の手になるものがずらーり。
また、手習いとその元の書が展示されていましたが、文字がそっくりなのは当然ですが、墨付きまでまったく同じに臨書していることにびっくり。こうして練習を重ねてのあの文字なのだと納得。

軸の表具や茶入れの仕覆などに使うためのいろいろな生地も展示されていました。
家凞という17~18世紀を生きた近衛家の当主は、政治は江戸にもっていかれ、まさに風流に生きることで貴族の存在を見いだしていたかのように、書、その表具、絵、茶の湯とたいへんな趣味人。
18世紀ともなるとフランスやペルシャ製のもモールや更紗などが、長崎のオランダや朝鮮(経由して中国のもの)が、たくさん入ってきていたことがよくわかりました。(逆に日本からは漆器や陶器が輸出されていたということ)
キリスト教の「IHS]の模様が入った繻子の生地などビックリです。

工芸品では、香道具の「物かは」は、紐をかける金具にその文字がデザインされている斬新さ、また御所人形や芥子粒のような雛道具の可愛らしいこと。
茶杓箪笥には、31本納められているのですが、どれも作者が。。。。ため息。

見るのを迷っている方がいたら、ぜひ足を運ぶことお勧めします。
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金曜日の午後に出かけ、ランチをオークラのガーデンレストランでとり、2時過ぎに入館したのですが、それでも結構な人出でした。

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与勇輝人形展 神様のすみか

与勇輝さんは、川崎市中原区のご出身。その地元にある川崎ミュージアムで一月の中旬から2月3日まで開催されている人形展『神様のすみか』を見てきました。

080203_006 このチケットやポスターに選ばれている人形は「早春」とタイトル。桶に入っているのは梅の枝。まさに今にぴったり。
与さんの人形は、みんなちゃんと2本足で立つように作られています。このお人形の説明文にも、「桶を持たせたことで、バランスを取ることがとても難しかった。桶は木を薄く丸彫りして作った」とありました。それぞれちょっと腰が出ていたり、お腹が出ていたりでバランスを保っているようですが、それがまたいかにも子供らしい!

衣裳の着物地にもこだわっておられ、すべて手作り。「うたたね」という人形の場合などは、ぴったりの木綿の布が出てくるまで、そのアイデアを温めていたとか。
「おつかい」という作品などは、手に大切そうにかかえた「風呂敷」の布地を見つけるのが大変だったそうです。
小物作りも、鍬の先の鉄に見えるように紙に何度も色をかけたり、「ちゃんのおつかい」という作品の坊やが抱えている一升とっくりは、瀬戸物で作られてミニチュアと思いきや、実は紙で何度も砥の粉をかけてそれらしく見せる努力あったり。
「おけいこ」という作品は、男の子の弾いているバイオリンの弓はわざわざ桜の木を削って作っているとか、与さんはこうしたことも楽しんでいることが、見る者にも伝わります。

「こんがり焼けた」火鉢でお餅を焼いている三人の坊や。
「水辺」の少女の右足の指先のつんと立っている色っぽさ。
「西瓜畑」のカッパのような男の子の食べる顔。

こういう人形を作る仕事っていいですね。人形を見る人は、けして怖い顔や哀しい顔をしません、そしてつい顔がほころんできてしまいます。本当に帰り道は、心温かでした。

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文楽「夏祭浪花鑑」

国立小劇場では、昨年9月に亡くなった人間国宝・吉田玉男さんの一周忌ということで、豪華メンバーによる公演が行われています。

今日はその公演のうち、第一部『夏祭浪花鑑』を見てきました。満員御礼の札。
ロビーには、玉男さんの使っていた人形の胴や舞台下駄、ぎっしり書き込みのあるノート、人形の頭などが展示、また2階の食堂の一画には舞台写真が飾られていました。
この演目、有名な舅殺しの七段目「長町裏」は、よく舞台が夏祭りであること、団七が井戸の水を使って血を洗い流す場面があることなどから、真夏の出し物として歌舞伎でもかけられますが、こうして全九段のうちそのほとんどを通して見るのは初めてでした。おかげで、話の展開がとてもよくわかりました。

今回は、住太夫さんや千歳太夫さん、咲太夫さんなどベテラン、人気の咲甫太夫さんなどがそれぞれの場で語っていて、聞き応えがあったのですが、やはり七段目「長町裏」の段、団七を今回人間国宝になられた竹本綱太夫さんが、また殺される舅の義平次を伊達太夫が語り分けで演じた部分が一番の聞きどころでした。伊達太夫さんの舅がまあ、なんてにくたらしいこと!

三味線では、やはりこの8月に人間国宝になられた鶴澤清治さん。それに燕三さんは、最後の「田島町団七内の段」で、義理の親殺しという大罪を軽くするため、徳兵衛、三婦、さらに妻お梶が申し合わせて、お梶に三行半を書かせるという重要な場面で咲太夫さんと。

人形遣いでは、男衆三人、団七を勘十郎さん、徳兵衛を玉女さん、三婦を紋寿さん、女房、団七女房お梶を和生さん、三婦女房おつぎを紋豊さん、そして徳兵衛女房お辰(自分の顔に焼きごてをあててまで義理を重んじる女丈夫)を簑助さん。

終演後、ロビーで背広を着た住太夫さん。小さいのでちょっとびっくり。舞台で拝見していて、もっと「大きい」方だと思っていたので。語るために、お腹に砂袋を入れたり、腰に座椅子をあてているので、三味線の方より大きくなるし、やはり「芸」で大きく立派に見えるのだと感心してしまいました。(お顔はやはり立派でした!)

来週は、玉男さんの一周忌の追善の出し物『菅原伝授手習鑑』を見にいきます。

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シネマオペラ『魔笛』を見る

Papageno W.A.モーツァルトの傑作オペラ『魔笛』を、ケネス・ブラナー監督・脚本で映画化、新宿のタイムズスクエアで見てきました。映画についてのサイトは、こちら

時代背景を第一次世界大戦においています。オープニング序曲、可憐な野の青い花、それを摘む手が伸びて、塹壕の中へ、そこに兵士達がいて、兵士でいっぱいの塹壕がずっとずっと長く延びていて、カメラが引かれると、広い大地にウネウネと塹壕が掘られている。
雲の中から複葉機の飛行機が飛び出してきて、爆弾が落とされ、戦車からの砲弾、毒ガスが蔓延する、そんな映像にまずびっくり。
 でも、王子ではなく兵士のタミーノが毒ガスに倒れ、そこに3人の侍女が現れるあたりからもうオペラの世界にしっかり引き込まれます。本物のオペラ歌手が登場しているので、その歌唱力に圧倒されます。
夜の女王の迫力の「復讐のアリア」(中学のとき、確かこの曲を習った記憶あり。本当はこんな内容の歌だったとは・・・)歌っているときの唇やのどの動きにゾクゾク。(実際のオペラの舞台ではここまで見られませんから)
ザラストロ役のルネ・パーペの堂々たる姿と声。パパゲーノとパパゲーナの「パパパのアリア」の楽しさ。
いたるところにCGが効果的に使われ、歌曲だけでなく視覚的にもスケールの大きさをかんじさせられるようになっています。
キリスト教世界ですから、善と悪、神と悪魔の対立がテーマで、さまざまな試練に遭い、最後はもちろん、神を信じる人間の勝利というストーリー。
この映画では、ドイツ語で歌われるのではなく、英語です。
最初はやはり少し違和感あったのですが、そのうちに字幕だけでなく音としても理解できることが楽しくなりました。"Face to fate""the Man & wife"とか

35年前に、ウィーンの歌劇場の天井桟敷席から初めて見たオペラがこれでした。もちろん、ドイツ語はまったくわからず、しかもモーツァルトのオペラとは知っていても、ストーリーはまったく知らずに見たので何がないやらさっぱりわからず、たぶん、ほとんど寝ていたような気がします。。。覚えているのは、3人の少年がウィーン少年合唱団員だったことくらい。今回の3人のかわいい少年達の歌声を聞いて、なつかしく思い出しました。

オペラ好きの方も、ミュージカル好きの方にも見ることお奨めです。ただ、そろそろ上映開始から2週間ですから。。。早めにどうぞ。
タイムズスクエアは、音響は大変すばらしいし、席は急な階段状になっているので、前が邪魔にならず見やすいです。ただ、席が前後も左右も狭いのが難。すべて指定席。早めに行って席を確保してから、スクエアのレストランやカフェで一休みがお勧めです。

わたしは、映画館のすぐ横のカフェ「Stackers」でアイスコーヒーを飲んだのですが、ここで「フライドカラマリ」(タコの唐揚げ)を見つけました。
070731_001 同じく35年ほど前、飛んでいたころ、いつもアテネの野外レストランで、オリーブオイルで揚げられたカラマリにシトロンをがんがんにしぼってかけたものに、フェタチーズ入りのグリーンサラダ、そして冷たく冷やした白の地元ワイン「ドメスティカ(?だったかな)」をオーダーして、仲間とわいわいアペリティフを楽しんだものです。懐かしい味でした。

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絵本太功記/文楽

5月の国立小劇場の文楽は、通し狂言。でも、とても朝の11時から夜8時過ぎまで通しで見る気力がないし、そうかといって、2回通うことはできなかったので、選らんだのが、第2部。

すごい豪華メンバー!切り場語りの太夫が、住太夫、嶋太夫、十九太夫と3人も、揃って聞けるなんて。。
また人形では、簑助の遣う操には、情緒があってやはりいいし、文雀の遣う母さつきには、悲しさが深く感じられた。勘十郎が光秀。今一番の人気かな。でもわたしは、紋豊さんのファン。孫一もとても良かったです。

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レオナルド・ダ・ヴィンチ 上野

Outside 国立博物館」のHPで、混雑状況をチェックしたところ、やはり平日の午後がねらい目と判断し、今日、上野へ行ってきました。

入場したのが、午後2時。展示を見る前に、まず「法隆寺宝物館」へ。目的は、この建物1階にある『ホテルオークラ ガーデンテラス』でのランチ。気持ちよい日なので、若葉の中のテラス席もいっぱい。
Lunch ワンプレートで前菜の海老のカクテル、それにお魚とビーフのメインとサラダ。ワインはオーストラリア産の赤(カベルネ)。料理もワインも美味。
ゆっくりコーヒーを飲みながら、今日の回り方のプランを立てる。
宝物館を出る前に、国宝の展示物を見る。「竜首水瓶」の胴のところには、線彫りでペガサスが。やはりシルクロードで唐そしてペルシャとつながっていることを実感。

まず、平成館への第2会場へ。ここで、『受胎告知』の分析や関連作品についての知識をいれておく。映像シアターは必見。イタリアで製作された〔受胎告知〕〔スフォルツァ騎馬像〕〔東方三博士の礼拝〕の3本で約25分。このビデオのお陰で、メインの受胎告知の絵のどこをみるか、またこの絵の見るべき位置の確認。

「書斎」のコーナーでは、さまざまな形を描き出すコンパスなど道具類が面白く、「かたちのとらえ方」のコーナーのスフォルツァ騎馬像の鋳造方法のビデオと模型に驚き、また「万物の運動」のコーナーの『最後の晩餐』で描かれた13人の弟子達の感情と行動の考察のビデオは興味深く見た。

手稿は、一昨年の六本木ヒルズで見たビルゲイツ所蔵の「レスター手稿」での感動が大きかったので、今回はコピーも多かったせいか、今ひとつ。。。
Flyer 航空関係の展示では、「人力によるはばたき機」の模型がロビーにあった。(写真撮影かまわないとのことだった)

で、いよいよ本館へ移動。メインの『受胎告知』
やはり、実物の素晴らしさ。部屋に入るとまず、左側の少し上から絵を見て、だんだん右に移動、そして次は下に行き、右から左へと見ていくことになる。事前にこの絵の視点についての知識が入っていたので、見る位置によってどう絵の見え方が変わるのか、よくわかった。昔、ウフィツ美術館でこの絵を見ているが、まったく何も知らずに見ていたので、今回のような感動はなかった。
もう閉館間近でもあり、また人もそれほど多くなく、ゆっくり見られ、来てよかった。

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文楽/摂州合邦辻

文楽公演の第二部『摂州合邦辻』を見てきました。

合邦道心の主遣いは、久しぶりの吉田文吾さん。ファンなのです。2年ぶりくらいに拝見するのですが、やはり痩せられて、お年も召されたなぁというのが第一印象でした。でも、人形を遣い始めると、そんな印象はすっかり飛んでしまい、今は落ちぶれていても由緒ある元は武士、シンのある頑固オヤジの合邦でした。
煙管にたばこを詰め、吸う場面では、人形がそりゃおいしそうに吸っているように見えました。
今回の公演のポスターやリーフレットにある玉手御前、主遣いは人間国宝の文雀さん。最初に舞台に出てくるとき、玉手御前は、黒の着物に黒のずきんで、ずきんから真っ白なお顔の目と鼻の一部だけが見えるのですが、ゾクッとするほどきれいでした。私はこの話を見るのが初めてで、なぜ玉手が、これほどまで厳しく思い詰めているようで、それでいて淋しい風情なのかわかりませんでした。
 それでいて、恋敵の浅香姫とのやりとりの場面では、互いに俊徳丸をはさんで、おまえなぞあっちへ行け!とばかりに叩いたり、蹴ったり。。。笑ってしまうほど。

切り場を語るのは、豪華に二人。。。幕間にイヤフォンガイドで住太夫のインタビューが流されたのですが、ほんとは一人で語りたかったようですが、やはり体力のこともあり、中盤まで竹本綱太夫。ちょっと声がききづらい気がしました。そして、「待ってました!」と客席から声もかかった住太夫。
数日前の朝日新聞の夕刊、芸能欄に太夫の熱演のことが書いてあったので、期待していました。

もう、期待以上でした。住太夫の声、語りのすごさ。文雀や文吾さん等の人形遣いと浄瑠璃、こういう組み合わせで見られること、ああ今ここにいて幸せだとさえ、思えました。三味線は、野澤錦糸でこれまた聞かせどころあり。。。玉手御前と合邦も見ていたいし、床の太夫も見ていたいし、三味線も。きょうは、席が2列目下手側だったので、首がすっかり疲れてしまいました。

なお、わたしは、玉手御前は、義理の息子俊徳丸にお家のためにと欺くためだけに言い寄ったとは、思えなかったのです。心の中では、憎からず思っていたと感じました。ただ、けして、自分でもそれを認めず心の底へ沈め、「主への義理」と思いつめているような。それでなければ、あそこまで気丈にいられないと。父合邦に刺されてから、「刀を抜かないで」(傷から出血して絶命するから)、そして俊徳丸の病を治すための、もう一仕事。すごい場面なのですが、それがちっとも残酷ではなく「美しく」見えるのは、文雀さんの力。

俊徳丸の顔に赤い点てん。頭にあんな色つけて大丈夫なのかとつい心配してしまいましたが。。。最後に美しい顔に戻る。あれ、顔に赤い点てんの仮面を付けていたのですね。すごい工夫。

今日の公演、テレビが入っていました。NHKの舞台中継ではないような。。。東京テレビとネームの入った上着を着たスタッフをみましたけど。

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ご菓銘は「だんらん」

先日のお茶の授業のために、高田馬場のお菓子屋さんがつくってくださったお菓子、お裾分けに預かりました。
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冬の寒い日は、ほっこりした感じの萩焼のお茶碗にたっぷり抹茶を立てていただくと、ほんとにおいしいです。

061125_009 その「だんらん」のアップがこれです。そう、炬燵を囲んで家族が楽しい話をしながら、次々と皮をむきながら食べるミカン。写真をクリックすると、もう少し大きくなるので、見てください。

そうなんです。誰かがもう爪で皮をむき始めた様子になっています。

061125_011 しかも、皮をむくと、ちゃんと餡に白い葉脈までつけてありました!
職人さんも楽しんで作っていたのでしょう。



昨日、今日あたりは、皆さんクリスマスケーキをたくさんいただいているでしょう。
ちょっとお口直しの抹茶と和菓子です。

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中国のお茶

大連のお茶屋さん。『天福茶屋』というお店。ここでは、お茶を味見して購入できます。Teashop
買いたいお茶の種類と(鉄観音とか、烏龍とか、プーアール茶、ジャスミンなど)、予算を伝えると、お茶を出してきて試飲させます。
テーブルの上にある黄色い小さな缶は、「高級ジャスミン茶」。100gでなんと、400元(約6000円)。まず、茶葉の香りを確かめさせてくれます。それから、お茶を入れてくれるのですが、茶葉を急須に入れ、高級茶なので、さましたお湯を入れ、そしてその最初のお湯は全て捨てます。(日本で問題になっている農薬やゴミなどを取り除くことになります)それから、もう一度お湯を入れて、小さな茶碗に入れてくれるのですが、色はほとんどないのに、香りが高く、味もほんとに円やかで。
我が家用に1缶買って帰るかどうか、最後まで悩むような味でした。
・・・・結局、あきらめました。ちゃんとした中国茶の入れ方を教えてもらってから購入しないとお茶が可哀想かもしれないと思って。
Teapot2
その代わり、専用の急須を購入しました。秋からはこれで、おいしいお茶を入れようと楽しみにしています。
Tea 最近の夏場、我が家ではこの左側の緑色の袋、100g50元(約900円)の鉄観音で冷茶を作ります。ヤカンにお湯を1リットルほど沸かして、火を止め、そこに、このお茶を二つまみほど入れ、そのまましばらくさましておいて、それからガラスポットに移して冷蔵庫に保存しています。残念ながら、入れ立てのときの香りはなくなりますが、味はおいしく、市販のペットボトル入りのお茶を買うことはなくなりました。
右側の茶色の袋入りが、同じ鉄観音で、100元(約1800円)
中の缶入りのお茶は、さらに高いお茶で、一回分が袋詰めになって缶に入っています。
Dancha
それと、面白いお茶をガラスケースの中に見つけました。お茶の原点である「團茶」です。
直径、20cmくらいアツミは二・三cmでしょうか。昔は、これを割って、使っていたようです。今でも四国の一部にこの習慣が残っていると聞いたことがあります。値段は、一つで2万円以上。。。でした。さすがに、興味で買ってくるようなお品ではないです。

最近、日本でも中国茶を飲ませるお店が増えています。時代をスリップしてゆったりした気分でお茶を選べるのはとてもいいと思いました。

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ウィーン少年合唱団

昨年に引き続き来日したウィーン少年合唱団のコンサートを聞きに、サントリーホールへ出かけました。
祝日でもあり、東京での最初の公演日ということで、会場は子供連れを中心に、ほぼ満席。
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1963年、ディズニーの作品で『青きドナウ(Born to sing)』というこの少年合唱団を舞台にした映画が日本で公開されました。それがこの合唱団を知るきっかけ。このころのわたしの見果てぬ夢が、いつかウィーンへ!というもの。(この夢のおかげで、英語は特に力を入れて勉強したものです)

’64にちょうど合唱団が来日したのですが、このときは、ディズニー映画の影響もあり、そりゃすごい騒ぎでした。当時は『少女フレンド』(←なつかしい!)が全盛期だったのですが、毎週、合唱団の日本各地での公演の様子が写真入りで特集されていたほど。全メンバーの名前を覚えておりましたねぇ。
 このころは4年毎の来日でしたので(40年前ですから、日本公演にだけやってくるのではなく一緒にオーストラリアや香港、シンガポールなど、その他のアジア公演をこなし、公演旅行が4ヶ月くらいかかった時代)、わたしが初めて実際のコンサートに足を運べたのは、’68のこと。もう自分でどんどん行動できる年齢になっていましたから、今の女の子がロックやポップ歌手の追っかけをするように、当時、同じ趣味の友人と何度もコンサートに出かけ、楽屋入りするのを待ったり、さらに合唱団の宿泊先のホテル(高輪プリンスでした)まで押しかけたことも、楽しい思い出です。

その後は、さすがに「追いかけ」をすることもなくなりましたが、こうして来日するたびに一度はコンサートに行く、清く正しいファン(?)になっています。

シューベルトの『鱒』や、ブラームスの『子守歌』、『ローレライ』などなじみのある曲、日本の歌からは『赤とんぼ』、そして『ビリーブ』、シュトラウスの曲は『ウィーン気質』『ポルカ観光列車』『鍛冶屋のポルカ』など。アンコールでは、『世界に一つだけの花』、そして『美しく青きドナウ』、指揮者のゼッツェン先生まで一緒に歌ったアフリカの曲にはびっくり。

コンサート終了後には、団員の少年達がホールの外に出てきて、ファンと記念撮影ができるのです。昔には考えられないこと・・・なんだか、公認のファンクラブもあって、団員との交流お茶会まであるとか。。。
団員の年齢は平均12歳。みんな可愛い男の子たちでした。
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まだ公演チケット手に入るようです。ぜひお子様を連れて行かれることお勧めします。

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根津美術館『雛祭り』虎屋の雛人形と雛道具

ひな人形のお道具や、精巧な道具類を見てきました。
青山の根津美術館で、2月18日から4月9日まで、『雛祭り/虎屋の雛人形と雛道具』という展示をしています。
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5年ほど前に、東京赤坂の虎屋文庫でこの展示を行ったときには、大変な人気でした。(この文庫は小さいし)で、今回、根津美術館での開催のようです。

羊羹で有名なあの虎屋さんの十四代目当主(明治時代の方)が、お嬢さんのために、明治30年ころに誂えた雛人形やお道具が展示されています。
雛人形は、京都の丸平大木人形店で誂えたれた、立派な御殿飾り。(上記根津美術館の展示のページでこの雛壇飾りと、女雛のアップ、お道具類が見られます) 市松人形は、人間国宝の2代目平田郷陽がまだ職人のときに作ったもの。やさしいいい表情のお人形です。
 お道具類は、上野池之端にあった「七澤屋」とい細工屋が作ったものだそうです。まあ、これが、本当に精巧なもので、ため息ばかり。

七澤屋の特徴だそうですが、「大の字牡丹」という唐草牡丹模様の漆塗りで、全ての道具が作られています。これは、明治30年に作られたものではなく、その当時でもアンティークもので、江戸後期から明治初期に職人がしっかり作ったお道具類を、虎屋さんがそろえたそうです。三曲の胡弓にはちゃんと弓が添えられていますし、例えば本箱には、八代集と湖月集(源氏物語)が納められ、中に豆本が何冊も入っていて、それぞれ台が書いてありました。もちろん小倉百人一首もミニチュアであります。香箱には香道具が細かく入っているし。。。

お重で気に入って見入ったのが、「歌留多形重箱」。ほんの縦横3cmほどの重箱なのですが、左半分に「春過ぎて夏きたるらし・・・」の歌が書かれ、右半分には、持統天皇のお姿が、漆に金粉で描かれている精巧なもの。

また、宴会用の膳からお皿なども垂涎もの。尾形乾山の「色絵菊文向付け」のミニチュアの隣に、なんと五島美術館からその本物が貸し出されて展示されています。すべて、凝って作ってあります。染め付けのお皿や椀、寄せ木細工のお重。
また、これはめずらしいものだそうですが、硝子の食器お道具類がたくさん出されています。

ヨーロッパでもミニチュア道具やドールハウスは今でも人気で、大きな町には必ずこうしたミニチュアを売る店がありあります。日本にも、こんな素晴らしいものがあったのだと、改めて思いました。しかも、いつも出して飾っておくものでなく、一年にほんの一月ほどだけ、出すもの。

それから、虎屋さんの本業であるお菓子についての展示コーナーも面白かったです。源氏物語などによく出てくる「洲浜」というのはこういうものなのだと認識できてよかったですし。またとてもモダーンな竹籠、棹台、お得意様へお菓子を届けるための「お通い箱」には立派な虎の絵が書かれています。

愛らしくて、優雅で、そして春らしさを味合える展示で、見ることをお勧めします。


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文楽二月公演第一部

『御所桜堀川夜討』、〔弁慶上使の段〕
 歌舞伎の公演では、昨年12月に、橋之助の弁慶と、福助のおさわで見たばかり。弁慶のかしらは、「大団七」というそうですが、眉も太く、目もかっと見開いて、役にあった立派なもので、舞台でもとても大きく見えました。
 もうあらかたの筋はわかっているので、文楽での、証拠の片袖の模様はどうなんだろうかと、おさわが娘の信夫を身ごもった経緯を話すところで、オペラグラス。真っ赤な振り袖に、模様はやはり「筆、硯」そして、「クジャクの羽」でした。歌舞伎の衣装も赤の地に、「筆、硯」まで一緒。でもあと一種が孔雀の羽という記憶がなくて。次に見る機会があったら、しっかり確認します。弁慶が、おさわとたった一度契ったとき、「二八(にはち)」つまり、16歳で、書写山の寺小姓、鬼若と名乗っていたときです。そのときに、着ていたのが、赤の大振り袖というわけです。
寺小姓というのは、まるで「女の子」のような姿をしていたようです。確か、八百屋お七も火事で避難した先のお寺の小姓に人目惚れだったし。まあ、着物の模様が筆と硯と文房具、やはり寺小姓らしい模様ではあります。孔雀の羽はどのような文房具でしょう。経机の上のほこりを払うとか・・・・?
 なお、例の弁慶の「産まれた時の産声より、ほかには泣かぬ弁慶が三十余年の、溜め涙~」のところ、文楽では人形の背中でその大泣きを見せていました。
 さて、今回の太夫は、最初が豊竹新太夫、そして切が、十九太夫でした。親子だそうですね。十九太夫は立派なお顔。文楽の太夫さんは、とてもいいお顔の方が多い気がします。また大柄な方が多い。芸が顔を作り、身体を作るのでしょうか。

『関取千両幟(せきとりせんりょうのぼり)』
〔猪名川内より相撲場の段〕
 この出し物は初見です。この見所というか、聞きどころは、三味線の鶴澤燕二郎です。春に「六世鶴澤燕三」の襲名を控え、これが燕二郎としての最後の舞台となるので、そのご祝儀演目。
 相撲場へ場面が変わるとき、舞台は浅葱幕が下りて、その転換の間に、燕二郎が三味線で「櫓太鼓」の曲弾きをするのですが、これがまあすごい。文楽では、やはり太夫さんが一番で、三味線はあまり目立ちませんが、今回は、つくづく太棹なんだと思わされました。それこそ、津軽三味線のような力強さ、まるでずっと昔のベンチャーズのエレキギターを聞いているような「ツレツレツレツレ」、両手で糸をつま弾いたり、バチの横や下で糸をはじいたり、三味線そのものを両手で上に持ち上げて弾いたり、まるで三味線のサーカス。もう拍手拍手。大向こうからの声もかかっていました。
 また「髪梳き」では、胡弓が出てきます。そのせつない音に合わせて、夫の猪名川の乱れた髪を、女房のおとわが梳いてやるのですが、人形遣いは、人間国宝の文雀さん、人形の手先の指が本当に胡弓に合わせてせつなそうに髪を梳くんです。このおとわの出番は、ほんのちょっとですが、やはり見せどころがしっかりあります。
 
 第二部は『曾根崎心中』です。もう切符は全て売り切れ。残念ですが、また5月の公演を楽しみにします。
 


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文楽二月公演第三部

国立劇場での文楽公演のうち、第三部を見てきました。
『天網島時雨炬燵』
 近松の『心中天網島』を改作したもので、その節付けや演出の面白さから庶民には、人気の出し物だったようです。最初の「北新地河庄の段」では、敵役の太兵衛と善六が、ほうきを三味線に見立てて、浄瑠璃めいた節で、小春の前で、治兵衛の悪口を言いたてる〔口三味線〕のところ、これが改作部分。太夫は伊達太夫。治兵衛が頬被りして舞台に出てくる切り場の太夫は、住太夫。もう出てきただけで、立派で。。。文楽の太夫さんは、きっとこうした立派なお顔立ちでなければ、切り場を語る太夫になれないのかも。。。とまで思います。
この場面は、小春が治兵衛の女房おさんに義理立てをするところ。
 次の「天満紙屋内の段」は、今度は女房のおさんが、小春に義理立てをする場面。ここで、治兵衛がグズグズと泣き寝入りをしているのが、炬燵。
 十月の「炉開き」というのは、お茶の世界ではまさに「お正月」ということで、特別なものですが、どうも、昔は炬燵をあけて、最初に火を入れるときにも、家々でもきちんとしたことをしたらしいです。義太夫の語りに、「一昨年の十月、中の亥の子に炬燵明けた祝儀とて~」とあり、まさに炉開きと同じだと思いました。お茶でも「亥の子餅」ですよね。冬になり火を使うようになることで、その安全を祈っての儀式なのでしょうか。
 それにしても、この話、登場人物がみないい人(敵役の先の二人は別)。義理を立て合う女二人の心のやさしさ、そして強さに比べ、なんとも男の治兵衛の不実なそしてだらしなさ!そのだらしなさから、子供達まで巻き込んでしまう悲劇的な最後の場面。
語るのは、豊竹嶋太夫。はい、この人も立派なお顔。うーーーん。なぜでしょうか。
近松の最高傑作といわれるこの作品。現代でも、その義理人情が心を打ち、また見てみたいと思わせる作品です。歌舞伎で藤十郎か扇雀で見たいかなぁ。

きょうは、4月末ごろの陽気とかで、暖かで。着物を着て行きましたが、コートなどまったく必要なかったです。
NHKの中継車が来ておりました。小劇場の最後列の2列にカメラが3台ほど陣取って録画していました。きっと4月か5月あたりに、教育TVで放映されるんでしょう。

次は、今週金曜日に第一部を見に行きます。人気の第2部曾根崎心中は、チケット取れませんでした。

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春は名のみの

昨日が立春。手紙で季節の挨拶も「残寒の候」となりましたが、まあ昨日、きょうと寒いこと。日本海側では昨日も大雪で各地大変なようです。東京は、空気がキーンと冷えていて、湿度も20%ほどです。

今年は、このあたりの梅のつぼみもかたく、まだまだ咲きそうにありません。春を感じるために、梅の開花を待っているのは、古今の時代の人と同じです。

  春霞たてるやいづこみよしのの吉野の山に雪はふりつつ 
                    読み人しらず (古今和歌集 巻第一 春歌上 3) 

春になって霞がたちこめている所はどこなのだろうか、ここみ吉野の吉野山にはまだ雪が降り、降り、いっこうに春になりそうもないけれど。

『新古今和歌集』の巻第一の巻頭歌は、この古今の歌を本歌取りして、春らしい日を歌っています

  み吉野は山もかすみて白雪のふりにし里に春はきにけり 
                            藤原良経

こんな歌がぴったりするようになるのは、あとどれくらい先でしょうか。

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海老藏の「信長」

新橋演舞場で『信長』を見てきました。演舞場は、新装なってから今回が初めて。とてもモダーンな建物になってビックリ。

感想ですが、ちょっと耳が痛かった。。。です。比喩としての耳が痛いではなく、ほんとに音響で耳がガンガンしたのです。席が6列目の上手端のほう。だからスピーカーの真正面。(歌舞伎や文楽などはマイクはありませんし、宝塚もそれほど音が気になることなどなかったので、よけいでしょう)
わたしは、歴史物が好きで、特にこの1500年代半ばから1600年までの50年の間に信長、秀吉、家康などが愛知周辺に生まれ、時代を作っていったことに。高校時代の夏休み、山岡荘八の『徳川家康 全26巻』を読みふけりました。

その信長の父の葬儀の場面から始まり(実母が弟のほうを肩入れ、徳川家光と同じですね)、美濃の斉藤道三の娘、濃姫の嫁取りのエピソード(カブキ者のひどい格好で行き、道三との対面のとき、シャッキリ正装に変わっていたというあれ)、そして、桶狭間の戦い、小谷城の戦いと続きます。
天の意志を表す雷の音、そして戦の場面では大音響と大声。芝居のほとんども役者たちは大声を張り上げてセリフを言っている感じで。。。うーん、疲れてしまいました。

齋藤雅文作のこの芝居は、この「信長を中心として正室濃姫、信長の妹のお市の方、明智光秀、秀吉の4人の男女を中心に描き出す」と説明文にあります。
 海老蔵は、特に最初の場面の父親の葬儀の場面で、信長の天才と狂気を感じさせました。海老藏の姿、そのものが、実際の信長ってきっとこんなキリキリした感じだったのではと思わせますし。
でもそれ以外の人がいけません。正室濃姫は、純名りさ。濃姫は、もっと落ち着いた腹のすわった人のイメージが私はあるので、ちょっと幼すぎる。信長の妹、お市の方を小田茜。「信長に対しての感情が兄というより男として」というのが、このお芝居での解釈のようですから、濃姫に対してきついのはわかりますが、子供っぽくてちょっとヒステリーなだけのお市の方と見えてしまいました。明智光秀は今人気の田辺誠一ですが、信長に反乱を起こすその悩みが感じられません。光秀は濃姫をいつか思うようになり。。との解釈のようですが、それがあまり見えてきません。秀吉は甲本雅裕。ただ、おちゃらけの軽い人物にしか見えません。あれでは、お市の方でなくてもイヤですよ。
 海老様のファンだとしたら、ポスターにもなっている深紅のビロードの西洋風の衣装で登場のときなどキャーでしょうし、最後の本能寺の場面の白の寝間着での立ち回りなどでもゾクっとするでしょう。それだけでも満足かな。海老さまは、やはり目が特徴ですね。団十郎もギョロ目ですし、この家はやはり「にらみ」ですから、目が小さなお嫁様はもらわないのかなぁ。。。なんて、よけいなこと考えたりして。

今回は、あるところからのご招待だったので、まあ、新装演舞場を見て、幕間のお弁当をいただき、絵になる海老藏を見て。。。だから、いいか。

ちょうど、今日からNHKの大河ドラマがこの信長の桶狭間の戦いでした。第一回を見たところでは、一年見ていこうかなと思いました。 

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文楽夜の部「一谷ふたば軍記」

今月の国立小劇場は、昼は文楽鑑賞教室でも弁慶と牛若丸ものだし、夜も源平合戦の一の谷もの。やはりNHKの影響は大きいのでしょうか。
 今回は、その夜の部を見ました。歌舞伎でもついこの間、片岡仁左衛門の「熊谷陣屋」を見たばかりだし、去年11月に、幸四郎と染五郎で、この「一の谷」を見ました。同じ演目を数回見ることで、ストーリーも見所もわかってきました。
見得の型も歌舞伎と同じ。というか、人形浄瑠璃が先で、歌舞伎はそれを後追いしたのでしょうが。

今回、義太夫がこれからの文楽を担う中堅を主体としていて、竹本千歳太夫と文字久太夫が熊谷陣屋の段を語っていました。文字久太夫の語りよかったですよ。ほんとうに人形が語っているようでした。今回は人形の主遣い(直実・・吉田玉女さん、相模・・吉田和生、藤の前・・桐竹勘十郎さん)に全然目がいかなかったほど。そうそう、その文字久太夫の語りの途中、野澤錦糸さんの三味線の糸が切れてしまって。錦糸さん、あわてず騒がず、さっと糸をまた張っていました。人形と語りに引き込まれていたので、もしかしたら、お客様の中には気づかない人たちもいたのではないでしょうか。。。それほど、熱が入っていました。

今月は、昼の部は、文楽教室なので、一般の公演は、夜5時開演でした。実は出かける前は、なんだか、寒いしだんだん暗くなってくるし、ちょっと億劫だったのですが、やはり見にいってよかったです。

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上野は芸術の秋まっさかり

秋晴れの今日、上野で芸術の秋を楽しんで来ました。
まず、「プーシキン展」へ。

モネの「白い睡蓮」は、パリでもシカゴやボストン、ロンドンそして東京の西洋美術館でも、たくさん見ましたが、睡蓮という花のせいか、日本的な太鼓橋のせいか、全体の色調か、よくわかりませんが、いつ、どこで見ても心にぴったり添う感じです。

印象派の後期のシスレーやピサロの絵などは、まるで筆のタッチがもう切り絵の世界。絵を見ているうちに、山下清が見たら、なんと言うだろうと考えてしまいました。

ドガの「写真スタジオでポーズする踊り子」も構図がほんとにいいと思いました。右側の衝立があるだけで、踊り子の白いチュチュが引き立つし、踊り子がスタジオで見られていることを意識してポーズしているところを書いたのではなく、それをさらに衝立の陰からスケッチしているという2重構造で、踊り子がより自然に見えました。

マチスの「金魚」は、新聞の広告や電車の中吊りで目にしていましたが、実物は、まず大きいので、びっっくり。そしてその色彩の美しさ。広告などで小さな絵を見ているときは、まるで小学生の絵。。。のようなと思っていましたが、やはり、実物の迫力はまったく違いました。つい、出口で少し大きめな広告ポスターを配布していたのを2枚ももらってきてしまいました。

ポール・セザール エルー(この人の作品は初めてみました)「毛皮の帽子を被った女」。とてもきれいな女性のポートレイトなのです。目が灰色で、帽子と襟もとの毛皮が、まるで本物のやわらかい毛足の長い毛皮のようで、ついさわりたくなるような。。。ドライポイントというのは、どういう描き方なのでしょう。

もうこれ以降ピカソ、キュービズムになると私はお手上げ。ササーっと通り過ぎてきました。

一つ面白い絵がありました。ルソーの「セーブル橋の眺め」というタイトルで、川にかかった橋と、その上の空に、熱気球と飛行船とそして複葉の飛行機が描かれている絵です。書かれたのが、1908年だそうで、1903年にアメリカでライト兄弟がこのような複葉機で人類初の動力飛行を成功させて、この年あたりに、たぶんドーバー海峡を飛行機で横断したんじゃないかな。象徴的な絵で面白く見ました。

ところで、この都美術館というのは、初めて行きましたが、天井も低くて、部屋と部屋をつなぐ狭い廊下を通ったり、階段の上り下りがあったりで、ちょっと閉塞感がありました。
上野公園の木々も色づいて、新鮮な空気をすってちょっとほっとしました。

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そのあとは、国立博物館へ。ちょうどお腹がすいたので、まず東洋館に入っている神田精養軒で簡単に昼食。それから、表慶館で開催中の「華麗なる伊万里、雅の京焼展」へ。

素晴らしい伊万里や九谷、鍋島など器を見ながら、着物の模様と共通なのだと、つくづく思いました。月に兎、波に兎、牡丹、竜田川の紅葉、秋草、荒磯文様、南蛮船など。。。
ヨーロッパの王侯貴族にとっては、金やダイヤモンドに匹敵する陶磁器です。ウィーンやドレスデンやイスタンブールの美術館で見たおそろしい数の伊万里や鍋島の壺や大皿を思い出しました。

どれもすばらしいものですが、中でも鍋島のデザインの斬新なものに心惹かれました。「色絵輪繋文三足大皿」など、現代の作家でさえ、思いつかないのではないかという、すっきりしたデザイン。
仁清の水仙模様の茶碗が、小さいながらふっくりと、手になじませながらお茶をいただきたいと思いました。

この会場の表慶館は、ずっと以前は、日本の埴輪や土器などを常設展示していたはずですが、その後長く修理のため閉められていました。回り階段は重厚な石造り、また手すりや天井の梁の彫刻など、ヨーロッパの館をイメージさせて。

見終わってから、前庭の仮設テントに出ている鶴屋吉信で、お茶とお菓子をいただきました。お菓子は「山路」。お茶はお裏らしく、泡がふっくらいっぱいたったもので、おいしくいただきました。

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身体と精神の疲れが心地よい一日でした。

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五島美術館/やまとうた一千年

上野毛の五島美術館で開催されている【やまとうた一千年/古今集から新古今の名筆をたどる】を見てきました。

今年は『古今和歌集』の成立から1100年、そして『新古今和歌集』の勅撰から800年、その記念の年に、二つの歌集のあいだの六つの勅撰和歌集の、写本や古筆断簡も含めての展示となっています。

五島美術館が所有している高野切や継色紙は、いままでも何度か目にする機会がありましたが、やはり、これだけ集まるともう圧倒されます。どの掛け軸でも一本、床の間に掛ければ、それだけでいくらでも話が出てくるだろうに。。。もうびっしり。国宝や重文がザクザクです。

字が下手な私としては、もうため息ばかり。。。ひらひらとそれはきれいな筆跡で、お歌が書いてあるのですから。

今回、特に長く足をとめたのが国宝の『元永本古今和歌集・下巻』(東京国立博物館蔵)です。さまざまな模様を漉きだした唐紙に歌が書かれているのですが、それぞれの料紙ごとに万葉仮名、草書、連面体など書体を替えて書いてあるのです。書き手は一人だそうです。。。もう、それは素晴らしいものでした。

また、冷泉家時雨亭文庫から出品されていた同じく国宝の定家筆の『嘉禄二年本古今和歌集』や『天福二年本後撰和歌集』もじっくり見てきました。定家の手は筆のかえりに特徴があるようです。

『拾遺し和歌集』を散らし書いた、豆色紙といって5cm四方の本当に可愛らしいものもありました。

こうした優雅な歌の世界を見ていると、とても不思議な気がします。実際のあの時代は、鎌倉と京の朝廷とで、争いがあったり、後鳥羽上皇は隠岐に島流しになっているのですから。。。現実が、あまりにも悲惨なので、逆にこのような美しい世界を作り出すことに精力を注いだのでしょうか。

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見たい展覧会

芸術の秋らしく、行きたい展覧会がたくさんあります。いつ、どれを見にいくか決めておかないと、そのうちに終わってしまうなんてことになりそうな。。。

まず、今度の火曜日には、二子玉川の着付け教室に行くついでに上野毛の五島美術館へ行きましょう。今年は、古今和歌集ができて1100年、新古今の選定から800年の記念の年。それにちなんでの展覧会ですから。

火曜日は着付け教室のある日。いつもは着物や帯、その他一式を持っていくので、大荷物ですが、朝から着物を着ていけば、持っていくものはいらないので。ということは、晴れていないと困るけど。。。

それから、上野の都美術館の「プーシキン展」。学生にもぜひ見に行きなさいと勧めており、勧めた本人がまだ見ていないのは。。。上野に行ったら、ついでに、国立博物館で、「伊万里・京焼き展」を見たいし。もっと欲を言うと、同じ上野の科学博物館で開催中の「パール展」にも。。。でも、一日に3館も回るのは、体力と視力ともムリ。

もう何かを計画するときには、「足し算」の設計でいかねば。足し算計画とは、最低まずやりたいことだけを決めておいて、それが出来れば満足とし。。。さらに、一つでも追加できたら、大成功という考え方。それに対して、若い人は、常に引き算の計画です。まずしたいことを全部書き出して、その全てをやらねば満足しない。。。というわけです。

それから、この10月に移転オープンした日本橋の三井美術館。

11月中になんとか全部見に行きたいのですが。

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文楽の芦屋道満大内鑑

三宅坂の国立劇場へ文楽を見に行きました。昼の部は、【芦屋道満大内鑑】です。
今年は、今、漫画や映画などによって有名になった平安時代に実在した陰陽師の安倍晴明(あべのせいめい)の没後1000年とのことです。この話は、その晴明の出生に関する伝説で、晴明は、父の安倍保名(やすな)と信田の千年も生きている狐との間に生まれたというものを下敷きにしています。

昨年は、歌舞伎で舞踊の「保名の物狂いの段」を見たし、「葛の葉子別れの段」は中村翫治郎で見ました。

今回は、その前後の段も見られたので、なぜ、保名が物狂いになってさまよっていたのか、狐の葛の葉がなぜ介抱することになったのかが、よくわかりました。

残念ながら、吉田玉男さんは病気のため、出演されていませんでした。

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文楽/夜の部 人形の楽器演奏

文楽第三部を見てきました。
『壇浦兜軍記』から「阿古屋琴責の段」

 今回、人形遣いは、人間国宝の吉田簑助。左使いが桐竹勘十郎。文楽は、主な人形は3人で遣いますが、普段は、頭(かしら)と右手を担当する主遣いだけが顔を見せて、あとの左遣い(左手の担当)、足遣いは黒布で顔を隠していますが、この阿古屋の段では、阿古屋の3人だけは全員顔を見せています。
 人形の手も通常の手ではなく、楽器を弾くために、指まで細かく動くものになっています。お琴を弾くときには、人形も「爪」を付けるのですが、ちゃんとつばで入りやすくしてつけます。昔、少しお琴を習っていたので、そうそう、そうしないとあの爪の皮は固くて指にはいらないのよねぇ。。。と、その細かさにびっくり。 そして、演奏が始まると、ほんとに演奏者の琴と手の動きがぴったりで、感動ものでした。
 胡弓や三味線では、弓を引くのは主遣いの右手ですが、弦をおさえるのは左使いで、そのおさえどころ(勘所?)が実際の演奏と同じ。指も細かく動くので、見ているうちに本当に人形が、無実を証明しようと必死に楽器を演奏している気にさえなりました。
 なぜ、この演目のみ、3人すべての顔を見せるのか納得。それぞれが主遣いができる技量の人たちが息を合わせなければ、この演目はできません。歌舞伎でも故歌右衛門の阿古屋が有名でしたし、確か一昨年には玉三郎がこれを演じて話題になりました。実際に、琴、胡弓、三味線を弾きこなさなければならないので、同じく、歌舞伎でも難しい女形の役の一つとされています。
 もう一本の出し物、『三十三間棟由来』、前半は実は居眠りタイムになってしまいました。ちょっと、朝からいろいろ忙しかったもので。。。後半、三味線の鶴澤寛治さんの演奏、ちらっと見た程度(聞いたにはならない)。
でも最後の竹本千歳太夫の義太夫はしっかり聴きました。義太夫は、一人で男、女、老人、子供と語り分けるのですが、けして裏声でやるのではないのですが、ちゃんと子供の可愛い声や老婆の声に聞こえるから不思議。
 次の文楽公演は5月。楽しみにしましょう。 

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文楽は面白い

2月の三宅坂の国立劇場は、文楽を楽しんでいます。三部になっており、どの部も見所があり面白いようです。
 先週15日火曜日に、まず第2部(午後2時30分開演)を見ました。義太夫が人間国宝の竹本住太夫、主役の呉服屋十兵衛を吉田玉男さんが遣うという豪華版での『伊賀越道中双六』「沼津の段」でした。
 玉男さんは、いつも舞台では人形を遣いながらも、まったく表情や、首、身体も動かさず(人形遣いによっては、人形と一緒に首や身体をクネクネと動かす方もいるので)、それでいて人形の十兵衛は肝のすわったいい男として動くのには感心します。
 この話、まあ簡単に言うと、東海道の沼津宿場はずれで行き会った呉服屋の十兵衛は、荷担ぎの老人、平助(遣ったのは文吾さん)に同情して、荷物を担がせるのですが、老人で重い荷物が担げないのです。腰をよろつかせる様子には笑ってしまいました。本当に人形がヨロヨロしているのです。で、実はこの二人は生き別れの親子であることがわかり、しかも平助の娘(十兵衛の妹になる)と、十兵衛が敵どおしの関係になってしまっている。そのどうしようもない義理人情のしがらみを断ち切るのが、平助の死。。。、せっかく出会った親子、兄妹が互いの義理のためにまた別れていくという話。
 昔は、『義理人情』なんてくだらないと思っていたものですが、今は違うのですよね。それは、芝居ですから、デフォルメされているわけですが、結局、昔も今もそういうことが大切なんだよなぁ。。。と、妙に同感できるのです。歳ですかねぇ。それこそ、ジワーっと涙があふれてきてしまう義太夫のセリフがあります。でも、だからこそ、歌舞伎も文楽も何百年と絶えることなくその時代の人に受け入れられていると思います。今週火曜日には、皇太子ご夫妻も劇場にお越しになったニュースが流れましたが、ご覧になったのもこの「伊賀越え」だったようです。
 もう一つの「しゃべり山姥」も面白かったです。(途中、ちょっとコクリコクリしましたが)最後、八重桐という娘の頭がガブといってパッと「鬼」(本当の鬼ではないので、角なしです)に変わるのですが、もうびっくりです。(中国の演劇にも顔の色が次々と変わるものがありありましたねぇ)そして、このウルトラウーマンに変わった八重桐が敵を切って投げる大立ち回り。ブン回したり、はねとばしたりが面白い。まさに人形である利点です。江戸時代の人もやはりこれを面白がったのでしょう。この八重桐が産んだのが、坂田金時(金太郎のこと)になるそうです。
 義太夫の床本がパンフレットについてくるのですが、これを見ても掛詞が多いのがよくわかります。例えば、『伊賀越~』の出たしの床本はこうなっています。

  富士見白酒名物を、一つ召せ召せ駕籠に召せ、お駕籠やろかい参らうか、
  お駕籠お駕籠と稲村の、陰に巣を張り持ちかける、蜘蛛の習ひと知られたり。

と、言葉が次々と重なっていくのです。万葉、古今の時代からこうした掛詞に面白さを感じているのだと思いました。

 明日は、第三部夜の部を見にいきます。ちょっと犬達を夜、留守番させる