平成中村座『仮名手本忠臣蔵』Cプロ

浅草寺本堂の裏の仮設小屋で、中村勘三郎丈座頭の平成中村座の十月の公演『仮名手本忠臣蔵』を見てきました。
前回の小屋掛け(平成12年とのこと)興行は、見ていませんので、今回初めて。
 江戸時代の歌舞伎はこんな劇場で上演されていたことを、まさに体感できるものでした。
入り口を入ると、ビニール袋を渡されます。靴をぬいで劇場に上がるわけ。昔なら下足番に履き物を預けたのでしょうが、「自己管理」です。
 一階は、舞台前方から十列ほど土間席があり、その後方にイス席。そして左右にそれぞれ二列のイス席。この左右のイス席は二階にも同じく作られています。
さらに正面二階席の中央には、大きな金の牡丹の絵の屏風の前に一般席の座布団とは比べものにならない大きな分厚い座布団に、脇息付きの噂の「お大尽席」があります。
(なんでも人力車での送り付きとか・・・)
そして天井から大きな『中村座』と入った提灯が下がっています。
今回は、友人と着物で行くことになっていたので、平場はパスして一階上手後方の一列目の席でした。場内は、江戸時代にタイムスリップですから、マイク設備はなく、観劇の注意(携帯、写真撮影の禁止、休憩時間のことなど)は、すべて人間の声で行っていました。
今回休憩時間が20分が2回、15分が1回。平成12年の公演のときは、やはりトイレが問題だったと聞いていたので、覚悟していたのですが、今回はとても係の誘導がよく、スムーズでした。事前説明(?)とスリッパと分割のアイデアがよかったようです。

さて、本題の舞台。Cプロは「本蔵編」です。
 大序 鶴ヶ岡八幡宮 兜改めの場
 二幕 桃井館 力弥上使の場
     同上   松切りの場
 三幕 足利館表門 進物の場
     足利館 松の間刃傷の場
 八場 道行 旅路の嫁入
 九場 山下閑居の場     
今回、中村座に客演の片岡仁左衛門丈のたっての希望で、忠臣蔵でもめったに上演されることのない、加古川本蔵一家に光りを当てた場が上演されることになったそうです。

以下ネタバレあり、未見の方はご注意

幕が開くと、中央にお人形。その人形が「東西~東西~}と、これから上演する場面、役者と役柄の説明をします。そしていよいよ本舞台の幕が開くと、舞台に足利直義(新悟)はじめ主な登場人物が居並んでいますが、またこれが「人形ぶり」。
義太夫が語り始めると、スイッチが入ったように、一人ひとり登場人物達が動き始めるという趣向。

 その大序の兜改めの場は、初見。 
新田義貞討死のとき、周りに散乱していた何十個もの兜のうち、義貞のそれを見分けるために呼び出されるのが顔世御前(孝太郎)。その方法が、兜にたきこめた蘭**の香りであることなどは、鎌倉から江戸初期までの武士の戦場でのたしなみを踏まえていて、面白いと思いました。 
 ここでは、高師直(彌十郎)がその塩谷判官(勘太郎)より、桃井若狭之助(橋助)のほうにつらくあたるので、アレ?刃傷するのは塩谷判官のはずだけどと不思議に思いました。

 二場では、その桃井家の家老の家で、家老が加古川本蔵(仁左衛門)、妻が戸無瀬(勘三郎)、二人の娘の小浪(七之助)、主君若狭之助が短気でキレやすいことを嘆いており、ますます短気なのは塩谷判官だったはず。。。と私の頭の中が混乱。
 仁左衛門の台詞が他の人と比べてちょっと聞きづらいかなと。
この場面で使いにやって来る大星力弥(新悟)は、この家の娘小浪の許嫁だとわかります。母の戸無瀬が気をきかせて、使者の口上を聞く役目に娘を出しますが、恥ずかしい恥ずかしいとのそぶりなのに、台詞が「お前の口から直接にわたしの口に」などちょっと大胆なものでニヤリ。
続く松切りの場面で、主君若狭之助が家老の本蔵に、堪忍袋の緒もキレたので、高師直を殺す決心であることを語りけして止めてくれるなと言うと、それを聞いた本蔵がそこまでされたら当然、必ずやりとげよと主君を励まします。
 で、主君が傲然と引っ込むと、この本蔵、大急ぎで小判や進物を用意させ、馬で大急ぎに高師直のところに駆けつけるのです。馬の足の人、立派。本物の馬で花道を駆けつけていくように見えましたから!
で、ここまできて、ようやく筋がいつもの知っている「忠臣蔵」の筋立てに。

 三場 足利館表門 ちょっとおかしみのある場面。
高師直(本人は門の前に置かれた駕籠の中という設定で姿なし)、で家来の*が本蔵がやってくると聞いて、きっと意趣返しに来たのだろうから、返り討ちにしてやろうと、家来どもに切ってかかる練習をしたりします。しかし、実際は進物を持ってきて、しかも自分の袖にも切り餅一つ入れてくれたりするので、コロッと手のひらを返した扱いに。
で、陪臣だからと遠慮する本蔵を「いいから」と伴って足利館に伴うということに。
 松の間、屏風の陰に本蔵が隠れて見ていると、何も知らぬ若狭之助が師直を切ってやろうとやってきますが、すでに賄賂を受け取っている師直、もう最初から自分の刀を投げ捨てて、低姿勢。。。出鼻をくじかれ、若狭之助は捨て台詞を残して去って行きます。
あとからやって来た塩谷判官には、師直は、自分が横恋慕する顔世御前からの拒絶の手紙に激怒したこともあり、かえって辛くあたり、我慢していた塩谷判官もさすがに我慢がならず、斬りかかってしまいます。で、屏風の陰から飛び出した本蔵が後ろから塩谷判官を抱き止めるということに。

 八場 勘三郎と七之助の親子の道行きの場面。
もうすでに塩谷判官は切腹、家は断絶、小浪の許嫁力弥も閑居した父大星由良之助とともに京の郊外山科へ。ちょっとお饅頭など食べてしまったし、舞踊なので、居眠りしてしまいました。(街道を行く大名行列や、富士山がどんどん遠ざかっていったり、大道具さんの仕事が面白かったかな)

 そして今回のプログラムの最後、九場
力弥の嫁にと白無垢姿の娘を伴ってきた戸無瀬。衣裳が赤。それに用意の打ち掛けが金。迎えた大星由良之助の妻、石は、黒の着物。それぞれ印象的な色が舞台に映えてきれいです。でも台詞のやりとりは丁々発止。
孝太郎さん、顔世御前ではどうという見せ場がなかったように感じましたが、この石は、よかった。結婚の引き出物に、主君の本懐を遂げさせず邪魔をした本蔵の首がほしいと言い放つところ。
そして虚無僧姿で現れる本蔵の仁左衛門さん。わざと婿の槍につかれてやって、ここにようやく登場してくる大星由良之助に、くどく場面。
「わたしはあなたです」という台詞がありました。つまり、自分は主人の思いをとげさせず、若狭之助に黙って賄賂を送ることで、家と家臣を守った、塩谷判官を抱き止めたのも、師直を殺さなければ、切腹にはなるまいとの判断だったこと、それが間違いだったこと。
もしかしたら、自分が仇討ちを決心している由良之助と同じ立場に立っていたであろうことなどを語り、さらに師直の屋敷の図面を渡す(映画では大工の棟梁の娘でしたが)わけです。
仁左衛門さんのまさに独檀場。最初に感じたちょっと台詞が弱いなど、どこかへ吹き飛んで、すっかり引き入れられて。腹に巻いた止血のさらしを取る最後の場面は、ああ、いいものを見せてもらったと、大感激。
このCプロでは、勘三郎さんは、仁左衛門に完全に譲っています。

次回はAプロを見ます。楽しみです。

11時に始まり、終演が午後4時。イスは簡易なので、やはり疲れました。
なので、奥山の街並みは、次回ゆっくり見ることに。

081010_001 中村座の横手にある「團十郎の暫」の銅像を見てから、浅草寺をお参りし、その横の浅草神社も参拝。
仲見世を抜けて、落語家や踊りの世界で有名だという「文扇堂」に入って、ちょっと可愛い房付きのネコの扇子を手に入れました。
銀細工の店「もり銀」をひやかし、肉屋さんのど根性トウモロコシ(?)を見て、浅草公会堂方面へ。
小屋であわただしくお弁当を使わず、お腹の虫を我慢させて、おいしいものを食べようということにしてあったので、公会堂前にある老舗のてんぷら屋「中清」へ。
中庭に面した小間で、ゆっくりいただき、眼福ならびに満腹で帰宅しました。

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十月大歌舞伎 昼の部

十月の歌舞伎座の演目は、玉様の赤姫を見るか芝翫の藤娘を見るか悩みました。
両方見られればいいのですが、今月は平成中村座へも行きますし。。。
で、取ったのは、昼の部、藤娘。
(判断基準。。。次がある。。。可能性。。。。を捨てました)
7日に行ってきました。今回はひさびさの2階席。

『恋女房染分手綱 重の井』
 初見。いやじゃ姫(ホントは調姫です)の片岡葵ちゃん、可愛かったhappy01
自然薯三吉を演じた小吉君、小学校6年だそうですが、まあなんと立派なこと。
 この場面だけ見ると、なぜ子を捨ててまでこのお家、主君のため(主君の娘が調姫)につくすのかわかりません。解説を聞いてようやく納得。つまり、家老の息子と恋仲になり、子までなしたものの、主君の許しがなければ不義密通。本来なら両人とも成敗されるところ、家老が責任をとって切腹、相手は家を出され、この重の井は、姫君の乳母として使えることになった。産んだ子はちゃんと乳母をつけて養育を頼んだはずが、その乳母夫婦が三吉5歳のときに病で死に、それからは馬子として苦労して生きてきた。育ての親から聞いていた本当の母に会いたいと屋敷前にやってきたというわけです。
 福助の重の井、品があって、凜とした強さがあって(位取りかな)、それでいて後半、世が世なら、家老の10歳の若君様なのに、江戸の大家に輿入れする姫君の乳兄弟としてはあまりにも落ちぶれ、親無しの馬子としてヒビ切れの手で苦労している我が子を見、そして名乗りもせずに別れる悲しみも感じられて良かったです。
 小さな三ちゃんが、子だと認めてもらえず、追い立てらるようにして、哀しそうに花道を去っていくのを見ると、切なくて。。。解説で、後年、この親子が再会して、別れた父ともまた暮らせることになると知ってほっとしています。

『奴道成寺』
 最初の白拍子花子での能の振りの足、親指が、ピンとそるほど立ってスゴイ。
(途中所化さんのあたりは、お弁当のあとだったので、やや夢の中。。。。)
烏帽子が取れて実は男とわかり、さらに最後はやはり蛇の化身となり例の鐘に上る。
お祖父さんからの血筋で踊りの名手ですから、松緑さん。

『魚屋宗五郎』
 菊之助のお女中おなぎ。。。ほんとにきれい。ロビーでご贔屓さんとお話していたお母さんの藤さんも相変わらずほっそりしておきれいですが、このお母様似で。
 菊五郎の宗五郎はもう慣れたもの。最初は妹が手打ちになってもお殿様へのご恩から、じっと我慢していたはずが、湯飲みに半分のお酒が、だんだん増えて、最後は一斗樽ごとになり、怒りがだんだん表に出てくるあたりは上手い、上手い。
今回玉三郎が世話女房のおはま。でも、このお歯黒に黒の掛襟の魚屋の女房役、役者だと感じさせました。前掛けを取り家の中へ放り投げ、髪に挿してあったつげの櫛を取って懐にしまい(落としちゃいけないとの所作だそうで、芸が細かいこと)、お殿様のところへ押しかけていく亭主の宗五郎を追い掛けて、花道を掛け去る場面などホントによかったです。玉様のお姫様の美しいことはいわずもがなですが、姿の美しさだけで見せるのではなく、やはり芸で見せてくれる役者さんです。
父太兵衛役の團蔵さん、磯部家の家老裏戸十左衛門役の左團次さん、やはりこういう人が脇をしっかり締めているからこその芝居だと思いました。

『藤娘』
 芝翫さん傘寿の記念。八十歳ですよ 松の大木に藤が絡まった舞台、そりゃ美しい。
その幹の陰から藤の枝を持って現れる芝翫さん。。。。信じられません。(素顔はほらあの長いお顔。。。なのに)おどりのしぐさも可愛い少女です。
お衣裳も藤の幹の陰から出てくる度に変わって、観客席からはため息と拍手。
芸の神様とか踊りの神様がいて、こうして地上に舞い降りてくるんだと感じるほどでした。
2階ロビー奥には、昭和32年にこれを歌舞伎座で初めて舞ったときに、当時の藤間勘十郎宗家から褒美にいただいたという藤の花の色紙が飾られていました。
これから行かれる方は、ぜひご覧くださいね。

昼の部を取って大正解だと思いながら劇場を出ました。

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小町村芝居正月

昨年に引き続き菊五郎劇団のお芝居を楽しんできました。
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館内もお正月らしい飾り付け。
顔見世狂言の約束事だったそうで、「暫」もあり、時代物の中に世話物あり、動物が出ること(げてもの屋)、雪景色、とにかくバラエティに富んでいました。

080203_003 ストーリーは荒唐無稽ですが、とにかくお正月らしくて、楽しみました。
菊之助のきれいなこと。。。團蔵さんの悪そうなこと。。。つい先日NHKドラマ『おシャシャのシャン』でその姿を見たばかりの尾上松也さん。(楽屋できっと藤村俊二の爺が世話をしているんだと見ていました)

今回、なんといっても尾上松緑がよかった。花道近くの席だったので、踊りのときの手の美しさに目が止まりました。指の先まで神経がいっていること感じました。
それから、「声がいい」ことを改めて認識しました。役者にとってはこれも重要なことでしょう。
最後の「暫」の場面。とても大きく見えて立派でした。

小野小町の伝説を下地にした芝居ですが、それにしても、なぜ歌舞伎では、六歌仙のうちの大友黒主は「悪玉」なのでしょう。
加えて思うのは、江戸の人の「教養」の高さ。こういう芝居を見て、歴史のことから(桓武帝、仁明帝)、古今から能(関寺小町とか)、中国の屈原の故事(朝に髪を洗うものは必ず冠をはじく・・・初めて知りました。それに。「ちまき」は、この屈原の入水に由来するなど)から、ホントに広い知識があって、さらに楽しめる演目な訳です。

雑学とは、こうして広がっていくのだとつくづく思いました。それにしても今の18歳の子達は、「忠臣蔵」でさえ知らないのですが。。。あと何十年かすると、もうイヤフォンガイドなどではとうてい解説が間に合わなくなるのではないかとさえ思えます。              

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秀山祭九月歌舞伎

070910_001 夜の部。
『壇浦兜軍旗 阿古屋』
 なんといっても、夜の見所は、これでしょう。歌舞伎でこの演目を見るのは、初めてですが、以前、文楽でこれを見たときは人形が本当に、琴、三味線、胡弓を弾いているように見えて、人形遣いと床のその力に感激しました。今回は、玉三郎の阿古屋です。
 舞台は、問注所(江戸時代の御白州、今の裁判所) 情のある裁判長は秩父庄司重忠で、これを吉右衛門、そして副裁判官、岩永左右衛門は、赤っ面で、演じるのが段四郎。この左衛門は、文楽人形として演じるので、常に後ろに人形遣いの黒子二人がついていますし、台詞はすべて太夫が語ります。またその動きがギクシャクオーバーで、なんと眉毛が人形のようにピクピク動くのには笑ってしまいました。
 源平合戦後、源氏方は、平景清の居所を知っているのではないかと、愛人の遊女(遊君)の阿古屋を捕らえ、尋問しているが、知らぬ存ぜぬを通している。
070910_003 (写真は、歌舞伎座の階段踊り場にある、その景清の牢破りの場面の絵)

そこで、重忠がいよいよ詮議をすることになり、問注所に呼び出すことに。赤っ面の左衛門は、さあ水責めなどひどい拷問ができると、嬉々として捕り手達を呼び出します。呼び出されて出てくる捕り手達は、まるで文楽の一人使いの「その他大勢」人形のように、刺し又、ハシゴなどを持って、おかしな化粧をしてピョコピョコと出てくるので、また笑い。

 さて、その阿古屋の玉三郎。花道からの出は、牢獄につながれて疲れ切っての風情。でもそこは歌舞伎。。。花魁のとても豪華な衣装。前のだらり帯(俎板帯というそうです)は、孔雀で、だらり部分が孔雀の羽の刺繍。かいどりは、記帳に蝶の刺繍(蝶は平家の紋でしたが。。。それでというわけではないでしょうが)、その裾模様はまた豪華な牡丹。でもその絢爛豪華な衣装に少しも負けていない、玉三郎の美しさ。ため息ものです。
 そして、まず詮議は琴。二人の出会いを語れとの注文。琴爪の皮が、かわいらしいピンクでした。ずっと昔に、すこしだけお琴を習っていたので、あの琴を弾きながら、その音とはまったく違う音程、テンポの歌を歌うというのがどれだけ難しいことかわかります。。。手琴も、また義太夫三味線との掛け合いも見事でした。(爪は四角だったから生田流)。
「古事記」に出てくる名琴、枯野のことがでてきます。あの話好きです。
 続いて三味線。今度は平家が都を落ちていってから景清がどのように会いにきていたかを弾きながら語れとの注文。三味線も歌もいいし、下手の三味線との合わせも言うことなし。最後が胡弓。ちょっと胡弓の調子を調べていたとき、膝から落としてしまったのもご愛敬(まさか、あれは心の乱れの演出ってことはないはずですが・・・)しかし、胡弓とはなんと情緒がある音色でしょう。弓は馬の毛とイヤフォンガイドの説明にありましたが。
この胡弓の詮議のころには、赤っ面の左衛門でさえ、つられて火鉢の火箸を弓と胡弓に見立ててうかれて弾いてしまうほど。
 隠し事をしながら歌い、楽器を弾いているかどうかを重忠は判断するとの設定。この役は実際に舞台でこうして次々と楽器を弾きこなす(しかもあの衣装、カツラで。。。)技量がなければならないので、女形にとっては三役のうちの一つ。
本当に見応えがありです。

『身替座禅』
 今回は、山陰右京を團十郎、奥方玉の井はなんと左團次、太郎冠者は染五郎。
左團次さんの奥方。もちろんあのお顔ですから、出てくるだけでおかしい。でもこの奥方を見ていると、ほんとに玉の井は、ご亭主右京のことが好きなんだと思えました。

『二条城の清正』
 家康と豊臣秀頼の対面。戦前は、なんといっても徳川家康は朝敵。その思想のもと昭和9年にかかれた芝居。初代の吉右衛門の当たり役で、「秀山十種」の一つだそうです。
清正の吉右衛門。家康の前での剛、帰りの船中、秀頼の前での柔、よかったです。
ちょっとの出ですが、清正の妻役の芝雀、品があって心があってうまいと思いました。

070910_002 三越地下で、観劇弁当。おいしかったぁ!
 

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納涼歌舞伎第三部

夕方五時前だというのに、少しも気温が下がらぬ中、汗だくになりながら、18時開演の『通狂言 裏表先代萩』を見に歌舞伎座へ出かけました。

勘三郎が表の大悪臣の仁木弾正と大忠臣の乳母政岡、そして裏から小悪の下男小助、の3役を早変わりで見せるというのが眼目。
この芝居には、仁木弾正の大ネズミが出ますが、裏の筋には犬が。小助(勘三郎)が道益を殺して盗んだ二百両を破けた自分の小袖に包んで家の床下に隠すと、その床下には犬が。。。その二百両の包みを加えて行って、花売りの籠へ入れてしまうのです。床下からはい出してくる様子、また床下にもぐり込むその姿がおかしいし、可愛い(?)こと。

足利御殿の場は、幼君と千松の子役による有名な「腹がへっても~」の台詞。この子役達の台詞がしっかり入っていることと、声がよく出ていることにビックリ。いつもながら、よくこうした子役を見つけてくると感心してしまいます。
今回は、政岡の有名な茶釜を使っての茶の湯の作法による「まま炊き」の場面は残念ながらカット。
弾正の妹八汐(扇雀)の、白黒はっきりした衣装とお化粧が本当に敵役らしいにくらしさ!それから、毒入りのお菓子を持ってくる栄御前は、動きも台詞も少ないのですが、さすが秀太郎。どっしりとしかも品、格もあり、凄みのある悪役でした。
子役があまり上手だったので、政岡の最後のくどき「ようやった、ようやった~、ようやったぁ!」のところでは、本当に大拍手でした。

勘三郎は、その政岡で泣かせて、すぐあと、その大ネズミの仁木弾正になってスッポンから登場するのですから、その早変わりに拍手。勘太郎は、今回はその仁木を追い詰める男之助、また七之助は足利頼兼というお殿様役でした。裏の下女お竹は福助、表の細川勝元と裏の倉橋弥十郎を三津五郎を同じく早変わりで。

夜の部は、お弁当を食べる時間も二幕目の終わり25分ほどだけだし、あとはトイレにもいけないほどの短い休憩のみの長丁場。舞台がはねたのは、9時30分。歌舞伎座の面に出たときも、5時間前とちっとも変わらず、暑い空気で、息がつまりそうでした。

また、イヤフォンガイドは必須でした。先代萩のほうは、だいたいの筋がわかるものの、裏と表のからみようがわかりづらい。(納涼歌舞伎は時間が通常より短いので、「ワンコイン」つまり500円で借りられました)

8月は、朝11時、昼3時の部とこの夜の部で三部構成でした。第2部の「ゆうれい貸屋」と「渡辺えりこ作の舌切り雀」が前評判高く(前の桃太郎の評判があまりにもよかったから)、チケットも完売で手に入れられなかったのですが、いざ公演が始まってみると、観劇評は今ひとつのようで。。。無理してヤフオクでチケット手にいれなくて良かったかな。

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NINAGAWA十二夜

2年前の初演は好評だったのに見逃して残念に思っていたので、今回の再演は楽しみにしていました。

Kabuki12_2 幕が開くと、噂の鏡。そこに観客が写りこんでいることに、客席はザワザワ。そして、ライトがつくと、一本の大きな桜の木。そしてハープシコードの演奏で3人の少年達のコーラスが始まる趣向。
左大臣役の中村錦之助が花道に登場するころには、もうすっかり和風シェイクスピアの世界に入っていました。大きな鏡が開かれ、舞台の奥から船。ずっと舞台にせり出して、舳先が客席に出てしまうほど。その舳先に膳之助。ため息がでるほど、美しい!そして、すぐに双子の妹の琵琶姫に早変わり。今の菊之助を見られることに感謝したい気分に。
菊之助が、本当は女の琵琶姫が男装して獅子丸という従者になって、左大臣に仕え、しかも左大臣に恋をしている。男の台詞やしぐさの中に、ポロリと女心や様子が出てしまうという役どころ。

菊五郎も厳格な家老の坊太夫と、シェイクスピア劇でいう道化師役の捨助の二役で早変わりを見せますが、こちらは人格もまったく逆の役。

そしてその厳格な家老の坊太夫にいたずらを仕掛けるのが、左團次演じる洞院鍾道とその恋人の腰元の麻阿、それに織笛姫(時蔵)に恋している安藤英竹(中村翫雀)。この三人が面白いこと。特に腰元の麻阿役の市川亀治郎。NHKの大河ドラマに出ている人とはとても思えない。。。いろいろなところで、この役者の評判を聞いていましたが、大河ドラマではあまりそれを認識できないでいましたが、うーーーん、やはり、うまい!

シェイクスピア劇の常套、黒が白で、白が黒、丸がバツで、バツが丸という世界。また台詞もいかにもそれらしい長台詞もあり。
また音楽もオープニングのハープシコードもあれば、途中の長唄連も、満開の桜があれば、ヨーロッパ王室のシンボル、百合の花畑あり、まさに和洋折衷の世界。
でも、それが少しも違和感なく見られました。
イギリスの人に見せたら、どのような感想を持つのか興味あります。
團十郎と海老蔵がパリの公演を成功させ、勘三郎がニューヨーク公演を成功させたのなら、ぜひ菊五郎と菊之助は、ロンドン公演でしょう。

4時間の舞台が少しも長く感じられず、とても満足して劇場を後にできました。

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コクーン歌舞伎『三人吉三』

席がなかなか取れないと聞いていますが、ラッキーにもぴあのプレオーダーで1階の平場席C列が当たり、初めてコクーン歌舞伎を楽しんで見てきました。

串田和美演出、河竹黙阿弥の「三人吉三」
歌舞伎として見るというより、原作脚色の現代劇として楽しめます。
それが証拠に、わたしのような初心者にとっては、いつもの歌舞伎ならイヤフォンガイドと筋書きが必需品ですが、コクーンではまったく必要がなく、しかも複雑な因縁関係がちゃんと理解できたのですから。

コクーンは、小さな劇場なので、客席と舞台が近く、一体感がある上に、役者達が客席から登場したり、平場の席をずんずん歩いたり、お客をいじったり。。。なので、観客もすっかり気持ちが入ってしまいます。
勘三郎。やはり客の心をつかむのがうまい!一役目高利貸し太郎エ門では、肉布団に頬にもたぶん詰め物をしての熱演、例の脱税事件のことを自虐的に笑いにし、来月のニューヨーク公演をちゃっかり宣伝したり(英語の台詞でのやりとりさせあり)。それでいて、2幕目では、しっかり苦しい選択をする和尚吉三の心が伝わってきたし。弟と妹の首を抱える場面では、凄惨な場面なのに、ホロリとさせられたほど。(生首が、勘太郎、七之助にそっくりに作ってあり、小道具として舞台裏に置いてあるところを想像してもゾクリとした)
ところで、この和尚吉三、以前は吉祥院のベンチョウ。。。とのこと、あのお土砂のベンチョウのその後の姿なのでしょうか?(初心者の疑問。。。どなたか教えてください)

お坊吉三の橋之助とお嬢吉三の福助、やはり華がある。美しい姿と声で、歌舞伎絵を見ているよう。
福助は最初に登場したときは、可愛いいいとこのお嬢様なのに、途中から声も目線もガラリと替わって、うまい。「月も朧に白魚の~」の有名な台詞、水をたたえた回り舞台をうまく使って、とても印象的で、しかも美しい場面になりました。(ただし、平場の席からは、黒子さん達が、絶えず水をかいて水面を揺らして効果を出しているらしいのですが、それはあまり見えません)

橋之助、海老名軍蔵という刀を盗ませた悪殿様役で最初に登場するのですが、すごいメーキャップ、口は出っ歯にして。実はあとで配役表を見るまで、まさか橋之助だったとは思いもしなかった。
お嬢吉三がおとせ(七之助)から100両(シャクリョウと江戸言葉では言うらしい)を奪ったあとに、暗がりから出てくるお坊吉三の色悪。。。の美しさ!

勘太郎は、いい役者になります。七之助はきれい。(ロビーでご贔屓さんに挨拶なさっていた、着物姿のほっそりしたお母様にそっくり。。。です)二人とも、年頃も19歳の恋人にぴったりの雰囲気。実際に兄弟で、劇中でも実は。。。。ですから、観客もなんだか変な気分で見ている。

土左衛門伝吉は、笹野高史。少しマイクなしの台詞が聞き取りにくいところがあったり、見得を切るところも歌舞伎役者とは比べものにならなかったものの(歌舞伎の人達は、声がよく通ること。やはり発声が違うのでしょうか。見得はやはり目力です)、不思議な存在感があってよかった。(今日22日が誕生日だったそうで、アンコールでは、観客がハッピィバースディを歌いました)
以前からTVなどで顔は知っていましたが、なぜ近頃になって「武士の一分」など映画でもその演技が高く評価されているのかわからなかったのですが、その意味がわかったような気がします。これから、この人を見る目が変わりそう。
幕開きの犬を切る場面が、あとになって大きな意味を持ってくるのですが、幕開きと2幕目に本物の犬が舞台に出てきます。たぶん2匹。。。最初は、茶色で、2幕目は白の日本犬(たぶん、シバ)だったように思います。アンコールでも、白子(黒子ではなく)さんが、白のほうを抱いて出てきました。

研師与九郎役の亀蔵、芝居で重要な品である刀、銘は『庚申丸』、それを加山雄三の船名になぞらえ、アオダイショウ、星由里子、加山雄三と三人の声色で茶化してくれたし、お坊吉三に脅されて「シャクリョウ」を差し出す場面では、着物を脱いで、なんとパッチまで脱いで褌一丁に。中村家の年寄り、小山三や芝喜松はものすごい夜鷹で笑わせてくれた。芝のぶは、刀を取り戻そうとして切られてしまう安森家の若党や捕り手役で見せていたし、やはり歌舞伎の伝統、層の厚さを感じられた。

噂の3幕目。白の雪の世界。そこに三人吉三。衣装がいい。今回の舞台装置、とてもいいと思いました。美術も串田さん。コクーン歌舞伎はそれも人気の理由らしいですが)
雪もどんどん降ってきます。舞台だけでなく、そのうち平場席にも。。。ずんずん降ってきました。最後は、もう20~30センチ積もってましたから!
(アンコールで、笹野さん、その雪に滑り込みをやって、笑わせてくれました)

今回の話題が音楽。椎名林檎の曲が使われているのですが、わたしはあんまり好きではなかった。雪のシンシンとした全ての音を吸い込んでしまうイメージと、あの音楽はあまりにも違い過ぎて。そのアンバランスがねらい目なのでしょうか?わからん!

平場席。前のほうの椅子を取り払って、座布団と履き物入れのビニール袋が用意してある。つまり、江戸時代の小屋のように、座って観劇。
で、その平場席での3時間半。着物なぞ気取って着て行かなくてよかったぁ。(ソフトジーンズで大正解。暗くなるので、それこそ、正座、膝抱え、片膝立て、足投げ出し、あぐら。。。なんでもありの座りかたができたので、なんとか乗り切れました)

椅子席の最前列では、山田洋治監督がご観劇。

これでコクーン歌舞伎も面白いとわかったので、また次の機会にもぜひ見たい。

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歌舞伎座6月昼の部

昼の部を見てきました。

『妹背山婦女庭訓』
 久我之助(梅玉)と雛鳥(魁春)の仲を分かつように、中央に流れる吉野川(滝車という水が流れる様子を見せる大道具を始めて見ました)。緑に霞む遠山に春の桜が満開でとても綺麗な舞台。その美しい中での悲劇です。魁春がきれい。
めずらしい両花道でした。≪小松原≫≪花渡し≫の場は上演が少ないのだそうで、なんだか得をした気分。ひな人形・道具が華やかで、さらに悲しい小道具になります。
 太宰少弐の後室定高を坂田藤十郎、大判事清澄を松本幸四郎。領地争いで犬猿の仲の両家でありながら、せめて相手の子の命だけは救いたいと、それぞれが自分の子を犠牲にすることになり、まさに「ロメオとジュリエット」。
藤十郎と幸四郎、二人の演技、見応えありました。

『閻魔と政頼』
 狂言の『政頼』をベースに松貫四(吉右衛門の筆名)が構成・脚本の新作舞踊劇です。閻魔大王が中村富十郎、赤鬼とと青鬼を中村歌六と歌昇の兄弟が演じます。この地獄への入り口六道の辻にやってくるのが、鷹を逃がしてしまい主君の機嫌を損ねて命を落としたという鷹匠の政頼、吉右衛門。とても楽しい演目でした。

任侠春雨傘』
 「助六」の簡易版のような華やかな新吉原の舞台。傾城薄雲が高麗蔵。(この人ちょっときつい顔立ちなので傾城のやわらかさは、ちと。。。)、大口屋暁雨(染五郎/助六の紫の鉢巻きがないだけの姿)。ちと線が細いが美しい。傾城葛城役の芝雀。きれい。最近、ぐんといい役がついてきているような。。。
 28年前、この演目で染五郎が初舞台だったそうで、今回は、彼の長男の藤間齋君(なんと2歳!)が、初お目見得するおめでたい一幕。お祖父ちゃんの幸四郎が手をひいて舞台に出てくると、観客はもう拍手、拍手(舞台はどうでもいい感じ)。ご祝儀で、豪華に吉右衛門、仁左衛門、梅玉が一緒に登場。齋君は、今日は台詞はなしでしたが、機嫌よく客席に向かって、何度も手を振ってくれましたよ。
 この齋君が染五郎として舞台に立つのを見ることは。。。。うん、可能性はまだ大。でも、幸四郎と名乗るのは見られないのだなぁ。。。とちょっと感傷的になりました。

今日のランチは、気張って「水無月弁当」。おいしかったでーす。

歌舞伎座

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浅草歌舞伎

昨日5日に新春浅草歌舞伎の午前の部へ行ってきました。

Maneki_1 お年玉の年始のご挨拶は、中村獅童。紋付き羽織袴姿で颯爽として、素敵でした。挨拶の中でもちらりと触れていましたが、昨年は、芝居ではなくプライベートのほうでいろいろと話題になってしまいましたが、ぜひ精進していい役者になってほしいと心から思いました。

午前の部の最初の出し物は、『義経千本桜』から「すし屋」。監修が仁左衛門さんで、上方風の「すし屋」とのこと。もちろん、いがみの権太は、愛之助。姿は文句なし。ただ、台詞がどういうわけか聞き取りにくかった。なんといっても最後の両親に向かってのくどきが大切なところですから。。。滑舌が悪いとは思えないのに、それが残念。
弥助(三位中将維盛)は、七之助。貴族のうりざね顔でぴったり。お里は、芝のぶ。おきゃんな様子がよかった。弥左衛門役は男女藏。お父さんにそっくりな顔立ち。
獅童は、梶原景時。これはちょっとの出なのに、儲け役。

それにしても「義経千本桜」・・・すごい芝居です。ここ2年ちょっと歌舞伎や文楽に足繁く通うようになって、最初は部分だけの出し物で(例えば、兜改めとか狐忠信とか。。。)、それだけ見ても全体の筋はさっぱりつかめず、しかもそこだけで完結しているし、とにかく役者や衣装や音楽だけでも十分楽しめるわけで。
最近、ようやくああ、これが、あの芝居につながるんだと解り(例えば、今回のすし屋は、12月の文楽の「渡海屋」と「大物浦」へ)、全体のつながりが、ぼんやりつかめるようになりました。こうなると、また面白くなるものです。また、

もう一つの出し物が、『身替座禅』。
これは、昨年6月の歌舞伎座で、菊五郎の右京、仁左衛門の奥方玉の井、太郎冠者が翫雀(たぶん)で見ています。今回は、勘太郎の右京、太郎冠者が七之助。なんと獅童が奥方。もう出てきただけで笑えます。狂言から題材を取った、松羽目ものといわれるものです。これはいかにもお正月らしい楽しい出し物。
 今回、常磐津の見台の足が、派手な朱色で3本の猫足(?というかタコ足というか)であることをじっくり見て、覚えました。(長唄のほうは、黒の1本足見台)

Eto 2時半には終わりましたし、浅草公会堂は、なんと言っても浅草寺のすぐ横ですから、ついでながら、初詣。お正月三が日を過ぎたとはいえ、まだ人出は多かったです。
仲見世には、こんな飾りがありました。
 引いたおみくじは、「吉」。こいつぁ、春から縁起がいいわい~なので、持ち帰ってました。

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元禄忠臣蔵 第三部

三宅坂の国立劇場の開場四十周年記念、真山青果作『元禄忠臣蔵』、三ヶ月通し上演、大詰めは幸四郎の内蔵助。

松の廊下での刃傷のときと同じく、吉良邸討ち入りの場面は、刀を振り回しての立ち回りは一切なく、義士達の台詞でその様子をわからせる手法。映画やテレビで、討ち入りと言えば、泉水の所での堀部安兵衛と清水一学(でしたっけ?)との一騎打ちの場面や、墨倉に隠れている吉良さん等を見ているので、かえって想像力が働いて新鮮でした。

舞台装置がまたよかったです。泉岳寺墓前の場面では、杉の木立にずっしり雪が積もった背景画が、静かで厳粛な雰囲気で、それが義士達の心の表れのようでした。
また仙石伯耆守屋敷の大広間での詮議の場面も掛け軸や、違い棚の道具も立派でしたし、細川屋敷詰番詰め所も、お道具類の大小の桐箱が棚に並んでいて、それらしく、また坪庭に見える紅梅の古木の姿がよかったぁ。
この3ヶ月、ずっとこの舞台背景や襖絵、飾り道具の良さに感心していました。こうした背景や小道具が本物らしい立派なものだからこそ、役者さんの演技力も光ってくるような気がします。

討ち入りの日は江戸は大雪。そのお陰で、火消し装束の47人が隊列を組んで町を歩いても足音が消された。。。14日ということは月は満月に近いわけで、雪が止んだあとは、その月の明るさが助けたとか。。。
陰暦の12月14日というのは、太陽暦でいうと1月末か2月初めにあたり、だから江戸で雪が積もるほど降っても不思議はありません。しかも何かで読んだのですが、300年前の地球は寒い時期にあたっていたとか。

キーワードが「初一念」。内蔵助がお預け先の細川家の若殿に、一生の宝になる言葉を求められて、言う台詞。
何か大切なことを行うときには、最初何もわからないときに、まず浮かび感じ取ったこと(初一念)を信じてやり通すこと、いろいろ考えたり見たり、損得を考えたあとに答えを出すことより、善悪の誤りはない。なかなか含蓄のある言葉でした。

芝雀さんのおみのと磯貝十郎左衛門のことは、真山のフィクションですが、実際、磯貝の遺品の中に、袱紗に包まれた琴の爪があったとのこと。どんな謂われがあったのか、ロマンチックなこと。
切腹の沙汰が公儀から出されるまでの五十日。実際、お預け先では下へも置かぬもてなしだったそうで、義士達の話や手紙、歌、日々の様子が細かく記録として残っているそうで、今月のプログラムにもそのうちの一部が載っています。

3ヶ月通ったので、今回、記念の手拭い(主演の吉右衛門、藤十郎、幸四郎のサインを染めたもの)をいただきました。

それから、今日もロビーに入るとものものしいSPがたくさん。先月、小泉前首相のご観劇だったので、あれ、また重なったか。。。と思いましたが。
いくらなんでもそれはなくて、本日は、皇太子殿下がご観劇でした。2階席の1列目24番あたり。(わたしも今日は2階の5列目でした)お席につかれるとき、また終演後立たれたときには、場内の人々は自然に立ち上がり、そして拍手が起こりました。上演中は、お隣に、たぶん松竹の社長がご説明係としてお座りだったような。。。(それにしても男ばかりの集団で。。色気なし。。。)

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元禄忠臣蔵/第二部

藤十郎さんの大石内蔵助をはじめ、上方歌舞伎の役者さん中心の舞台で、見ごたえあって、よかったです。
 私にとって、坂田藤十郎さん、上方歌舞伎の世話物っぽいナヨっとした感じがあまり好みではなく、実は、この第二部はパスするつもりでいました。でも、第一部(吉右衛門様の内蔵助)が、面白かったのと、せっかくの国立劇場四十周年の企画なのだから、やはり3ヶ月通しで見てみよう、そして、来月には「記念の手拭い」をもらおう。。。と、ネットでチケットを取りました。

第一幕「伏見撞木町」
 幕が開くと揚屋の笹屋。窓から桜が見え、ここが2階だとわかります。部屋の壁や障子の腰板には色とりどりの扇面が描かれ、いかにも揚屋の雰囲気。そして、下手の金の屏風が引き回されていて、まさに春爛漫な雰囲気。
その金の六双一曲の屏風には、牡丹が描かれていますが、イヤフォンガイドによると、実際の大石内蔵助は、この牡丹の花が好きで、山科の家の庭にもこの花を植え、手入れしていたそうです。
 遊女浮橋は、片岡秀太郎。まあ色っぽくてきれい!遊女らしく、衣文をぐっとぬいた着方をして、その背中が本当に女のようで、ホレボレ(実際の年齢をあとで思って、さらにゾッとしたりして)。
 藤十郎さんも、この酒色におぼれていると役はぴったり(実生活でもきっと。。。などと想像させて)。はんなりとしたこの色気が、このあとの奥庭離室の場面で、堀部安兵衛や、不破数右衛門、息子主税に心奥を語るところで、ガラッと変わり、腹の据わった内蔵助となり、この藤十郎という役者のすごさを感じたわけです。やはり、ダテの人間国宝ではないんだと実感。
 この息子の主税役は、愛之助さん。もう、NHKでの伝説の(?)長谷川「忠臣蔵」で、仁左衛門さんがこの主税役だったと思いますが、その若いときの孝夫さんにそっくりで、時間が戻ったような気がするほど。

第二幕「御浜御殿綱豊卿」
 この梅玉の綱豊はいかにも次期将軍の品と大きさがあったし、扇雀さんのお喜世はきれいだし、魁春さんの江島も美しく、しかも有能そうで。(かいどりの南蛮船の模様が素敵でした)我當さんは押し出しが立派で声がいい。
そして、富森助右衛門(翫雀さん)と綱豊とのやりとり。面白い。御座の間と控えの間の敷居が大きな役目。
 
第三幕「南部坂雪の別れ」
 最後の藤十郎さんの花道の引っ込み、本当に討ち入り前夜の重々しさが感じ取れて、感激。藤十郎さんが若いこと。。。。

この真山青果の『元禄忠臣蔵』は、歌舞伎らしい大仰な台詞回しや、見得もないので、伝統「歌舞伎」として見るより、新劇的な心理ドラマを見るつもりでいるほうがいいでしょう。

なお、この日は、小泉前首相がご観劇でした。

来月は、幸四郎さんの内蔵助。楽しみです。 

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新橋演舞場の歌舞伎に大満足

新橋演舞場の夜の部を見てきました。一言で言えば、「豪華で面白かったぁ!」。

最初の出しもの『増補双級巴 石川五右衛門(ぞうほふたつどもえ いしかわごえもん)』
 南禅寺山門での「絶景かな、絶景かな~」の台詞は巷でもよく聞かれ、この芝居についても知っていましたが、実際に見るのは初めて。しかも五右衛門を演じるのは、吉右衛門様。
 序幕の呉羽中納言(桂三)が、追いはぎに身ぐるみ剥がれても、お公家さんの変なプライドが邪魔をして、しずしずと、行列を揃えて、「ふんどし」を長く引きずりながら花道を行くところは大笑い。(江戸の人々の京の公家に対する気持ちがわかったような)
 続いての壬生街道の場。ここでは、花道から登場した染五郎演じる此下久吉(羽柴秀吉)と、上手袖から、奪った装束で中納言に化けている石川五右衛門がすれ違うだけですが、バチッと二人の芝居がからみ、たくさんの台詞が行き交う以上の効果。
 足利館の奥御殿では、その二人が幼なじみとわかり、それまでの堅苦しい衣装をくつろげて、畳にごろんと腹這いになり、頬杖をつきながらのやりとり。そして、今回のお楽しみ「吉右衛門の宙乗りにてつづら抜け」。大きなつづらからあっと思う間に吉右衛門が出てきます。そのまま宙乗りで引っ込みに。猿之助の公演ではよく宙乗りがありますが、やはりこういう趣向は面白い。客席も大喜びでした。
 そして、いよいよ山門。幕が開くと、満開の桜の中、豪華な金の壁に色も鮮やかな牡丹や竜の絵、それに交わる朱と緑の鮮やかな柱でささえられた山門が舞台いっぱい。そしてその中で、あの百日ほども伸びたような大きなカツラ、そして衣装もそれに負けぬほど、錦織りの派手などてらを羽織り、下には黒ビロードの綿入れ、くわえる銀煙管も大きいこと!このような豪壮な舞台と道具に負けぬだけの役者がやらねば、釣り合いがとれない。
 「絶景かな、絶景かな、春の眺めは値千金とは、小せえ、小せえ。この五右衛門の目からは値万両。・・・」
と台詞を言う吉右衛門様、はい、かっこいい!!
 山門がせり上がるときは、圧巻、ドキドキ。下から対照的にすっきり清楚に白の巡礼姿、手に柄杓を持った久吉が表れると、もうただただため息だけ。で、久吉の台詞、「石川や、浜の真砂はつきるとも、世に盗人の種はつきまじ・・・巡礼に」となり、五右衛門が「エイ」と小柄を投げると、下で久吉がぴたりと手にした柄杓を振り上げて、見事にその小柄をよける。そこで、チョーンと析が入り。久吉の「御報謝を」、それをきっとにらみおろす形で決まる。
 もう、この後、ストーリーはどうなるなんてどうでもよくて、まさに歌舞伎が音楽と色彩という「様式美」の極致であることを納得。
 最後の部の浅葱幕前の大薩摩、人間国宝でこの春勲章を受章された鳥羽屋里長と、杵屋栄津三郎でした。貫禄あったです。

二つめの出し物は福助の『京鹿子娘道成寺』
 実は、これも見るのが初めて。女形の屈指の大曲であり、また歌舞伎舞踊きっての名作。これも楽しみでした。
感想は。。。福助さんの白拍子花子、きれいで、もうため息ばかり。
 イヤフォンガイドの小山観翁さんによると、中村歌右衛門の独特の振りがいくつかあるそうです。序の能を意識した動きの少ない足もとだけの動き。金の烏帽子を鐘の綱にかけて「月」に見立てるとか。。。そのあとのがらっとくだけて、各地の廓の名前を読み込んだ歌での明るい恋の手習いのところ、、鞨鼓や鈴太鼓を使っての踊りでは、囃子方とぴったりで。。。笠を扱っての踊り、小僧さん達の踊りや掛け合い。踊りがこれほど楽しいものとは。
ここで、小僧さんたちが客席に巻き手ぬぐいをしますが。。。残念、一つ前の席の方へ飛んできてました。
 なんといっても、衣装の引き抜き。あれどうなっているのか、知りたい。。。。ちゃんと帯もしまっているのに。
あれだけ踊るのに、なぜグズグズにならないのか。(着付けがまだぴたりと決まらぬ身なので、よけいに)
 そしていよいよ最後の引き抜きで、正体を現してヘビを表す鱗模様の着物になり、鐘に登って蛇がからみつくように綱にからみついて幕。もう、凄すぎる。。。。

最後は『松竹梅湯島掛額(ゆしまのかけがく)』
 八百屋お七を題材にした出し物。最初の吉祥院お土砂の場は、笑って、笑ってもらいましょうの精神で。お客も出演者みんなで楽しんでいました。染五郎の赤ちゃんのことをからかったり。でも、なんで今頃「YMCA」なの?いつもはどっしりした脇役の歌六さんがイナバウワーをやっちゃうなんて!お土砂をかけるとみなへなへな~、吉右衛門の紅長(べんちょう)さんは、それをみんなに振りかけて。。。そのうち、客席から酔っぱらいとガイドさんが出てきて、この人たちにもかけてへなへな~。舞台袖の析を打つ大道具さんにも掛けてしまうは、幕を引く裏方さんにもかけてしまい、幕は、吉右衛門さんが自分で締めていく。
 そしていよいよ火の見櫓の段へ。ここは途中で、亀治郎のお七が文楽人形になります。ちゃんと人形遣いの主遣いと、左遣い二人の黒子がついて、足遣いは、下手で音を付けてます。もう4年以上前に、文楽教室でこの火の見櫓の段を見ていたので、よけいに面白かったです。文楽の人形は、まるで本当に生きているかのように、動きもスムーズに見せるのに対し、逆に人形振りのときには、ぎくしゃくとして見せる必要があると、イヤフォンガイドで言っていましたが、なるほど。。。 亀治郎さん、とてもきれいでした。
 最後に櫓に登るときには、また人間に戻るのですが、前の場でただのわがままな可愛い十六のお嬢ちゃまが、恋のために、なにごとをもやりとげてしまう「意志の強い女」に変わって、有名な鹿子の段だらの衣装で、櫓のはしごを登っていき、太鼓を叩くのですが、本当に女の執念が感じられました。

ということで、今回は本当にお席料以上の楽しみをいただいたようで、大満足。だから、歌舞伎はやめられません。
 
残念なのは、歌舞伎座と違って大向こうからの声が少なかったこと。(客層が異なるのでしょうか)よく、歌舞伎は演者だけでなく、大向こうからの声でさらに雰囲気が盛り上がると言われていますが、本当にそう思いました。

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五月大歌舞伎 團菊祭 昼の部

五月の歌舞伎は、團菊祭。楽しみにしていました。連日満員とかで、一階も周囲ぐるりと補助席が出てました。
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最初の大佛次郎作の『江戸の夕映』は、いわゆる三之助が揃うことが見所。(*之助は、菊之助だけですけど)
それぞれの父親の三之助時代も知っていることを思い、年月の流れの早さをまず感じました。
菊之助のおりき(江戸の気っぷの良い芸者役)が、きれいなこと。松緑はよく声も通り、江戸っ子らしい台詞まわし、お父さんの分までガンバレーーと、つい応援したくなる。海老藏は間違いなく二枚目。ニヒルな二枚目すぎて、逆になんだかもの足りなかった。なんでそんなに拗ねてるんだぁ、って。まあ、でも最後、松也のお登勢に対して素直になれたようで。。。若い人たちのそのままを見ているようで、すがすがしかった。
 團藏の松平掃部がいかにも五千石の旗本らしい恰幅で、よかった。大旗本で動きも少なく台詞も静かに。。なのですが、目に力があります。

二つめの出し物は踊りで、『雷船頭』 松緑のいなせな船頭と尾上右近のかわいい雷。雷さんは、赤いくりくりのカーリーヘアのかつらに黄色の角一本、虎のパンツにちゃんちゃんこ姿。鬼の手って人間の手と違うのですね。初めて知りました。指が三本でした。面白い踊りで楽しめました。お祖父さんの松緑も、お父さんも確か踊りの名手でしたよね。松緑の手先の美しさを何度か感じました。

さて今回の昼の部の眼目の『外郎売り』 今まで見たいと思っていた出し物。昔、少しアナウンスの訓練をしたことがあり、この早口言葉には思い入れがあります。台詞はこちらを見てください。しかも団十郎の舞台復帰の記念ですから。
団十郎と菊五郎、二人の口上の場面では、やはり風格と華を感じました。団十郎の顔つきも声も、とてもしっかりしていて安心して聞けました。(昔、それこそ海老藏のころでも、声の悪さをよく評論家から指摘されていたことが嘘のよう) 
 さて、その肝心の外郎売りの台詞の場面。一緒に台詞を口の中で言ってしまいました!市川家のお家芸とは聞いていましたが、一度も使えることなく、スゴイです。でもその台詞を言う間、後見がすぐに椅子を持ってきていました。前に見たことがないので、わからないのですが、復帰の舞台だからなのかと思いました。二月の退院でまだ間がないですからね。やはり舞台に必ず復帰するという思いの強さが、闘病生活のささえになったのだろうと、見る者に伝わってきて、感動しました。
 ところで、この小田原のういろう、今でもちゃんと商品として売っています。仁丹みたいなもの。

昼の部の最後の出し物は、岡本綺堂の『権三と助十』 菊五郎の権三と三津五郎の助十は神田の裏長屋に住む駕籠かき。権三の女房役が時蔵、助十の弟役が権十郎。家主は左団次。台詞もポンポン、動きもあって、ほんとに大笑い。役者さんも演じるのが楽しいでしょうねぇ。最初の出し物で、腹の据わった旗本のお殿様をやった團蔵が、こちらはまったく役柄が反対ですごい悪。でも台詞回しに凄みがあって、また笑わせてもらいました。

今回は全て初めて見る演目ばかりでしたし、いろいろな点で充実した五時間でした。

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二月大歌舞伎/昼の部

新春の出し物は、必ず『曽我もの』と昔からの決まりだそうですが、昼の部の最初の出し物が、舞踊で『春調娘七草(はるのしらべむすめななくさ)』。静御前が芝雀さん、曽我十郎が橋之助さん、五郎を歌昇さんが踊りました。
 芝雀さんは、昨年、歌舞伎の女形のお化粧のセミナーで、その「変身」の様子を見せていただいていましたが、まあ、とれもきれいで。。。ため息でした。(ふつうのやや小柄なオジサンがどうして、あんなにきれいな若い娘になれるのでしょうか)
 春の七草(セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、スズナ、スズシロ、ホトケノザ ←秋の七草と一緒に覚えさせられました。いまでも言えます)。七草をまな板の上で叩いて、それが邪気を払うとのことのようで、やはり新春を言祝ぐ趣向になっているようです(一月の歌舞伎座は、藤十郎の襲名興行でしたから、実質の新春公演がこの二月だということなのでしょう)
 次の出し物『一谷ふたば軍記』は、今回は「陣門」と「組打」の場。熊谷直実を幸四郎さん、無冠太夫敦盛(熊谷小次郎)は、福助さん。そしてその敦盛の許嫁玉織姫を芝雀さん。昨年も仁左衛門で見たし、文楽でも見たし、もう筋は分かっているので、ただ配役が違う版を見るだけと思っていました。しかし、今回、さらに面白く見ました。
つまり、陣門の場面では、小次郎は身代わりになる覚悟で平家方の砦に討ち入っていくのだとわかって見ると、今までのように、ただ初陣で血気にはやって先駆けしていく。。。というのではなく、また平山武者所にあおられて攻め入ると見せて、実は覚悟の上であ陣屋に討ち入るのだと見えるようになりました。また、陣屋のうちから聞こえる管弦に都人の優雅さと武蔵の田舎者である自分の差をを感じながらじっと耳を傾けるところも、意味あることのように見ました。
 「組打」の場面では、今回は、例の遠見の場面(子役や人形を使っての須磨の海上での様子)が、なかった分、直実と敦盛(実は息子の小次郎)の台詞外の心のやりとりがよくわかりました。敦盛の父母への遺言の場面など、つい涙が出そうになるほど。。。
 それから、「馬」。敦盛の乗る白馬、足を見ると、足袋の前半分が灰色で、ちゃんと馬の足に見えます。この馬は、それだけで、30kgほどになり、その上に、鎧甲冑の敦盛、実盛が乗ると、なんと100kgくらいになるとか。足役の二人はたいへんな労働。
昔の川柳に
      長台詞せつながってる馬の足
というのがあるそうですが、そのとおりでしょう。
敦盛が実盛に組落とされ、主のいなくなったその白馬が、花道を駆けていくところも哀しそうでした。

やはり、何度も同じ出し物を見ることで、いろいろ細かいことに気が付くようになるのだと思え、またこれからが、さらに楽しみになりました。

休憩後は、再び舞踊で、『浮ねのともどり』で、お染(菊之助)、久松(橋之助)、そこにからむ女猿曳きに芝翫さん。菊之助さんが、また美しい。今回は、夜の部で玉さまと『二人道成寺』を踊っていますが、やはり、見る甲斐がありそうだと思いました。衣装がいかにも大店のお嬢様という感じで、きれいでした。

最後の出し物は、『幡随院長兵衛』。吉右衛門さんが、まあ格好いい大親分。子役の宗生君(橋之助の三男)は、昨年がお披露目でしたが、一年で、台詞もしっかりしてきて、観客をしっかり泣かせてくれます。
 さて、お芝居は・・・最初の場面が、江戸の歌舞伎上演中の小屋の舞台で、その劇中劇での坂田公平(さかたのきんぴら)の団藏さんが面白くて、本当に江戸の小屋で見ている気分でいると、水野方の仲間が酔って花道に上がってきて、芝居を中断させていまう、というところから始まります。吉右衛門さんの幡随院長兵衛が、その喧嘩の仲裁に上手の観客席から出てくるので、まるで、本当に江戸の小屋で私たちが、見ているような気になり、野次馬気分でヤンヤの喝采です。(宝塚ではよくスターさんが、客席に下りてきたり、客席から登場したりするのですが、歌舞伎では初めて見ました)
 例の風呂場で白鞘組の長、水野の殿様に殺されてしまうので、ちょっと。。。なのですが。(よく、TVのサムライものでもこの「白鞘組」って出てきます。旗本のドラ息子達って設定でだいたいがワル。これ史実なのでしょう。

さて、ロビーに面白い灯籠が飾ってあった、不思議に思っていたら蟋蟀さんの「新蟋蟀日記」にそのことが書かれてあるのを見て、もっとしっかり見てくるんだったと残念に思いました。

節分後(つまり春立後)の、2月の第一の午の日を「初午」と言い、天明天皇(和銅4年2月11日)に京都伏見稲荷の神様が降臨したことに基づいて、各地の稲荷神社で祭典を行う・・・とされ、初午詣のことは、『今昔物語』や『枕草子』にも参拝の様子が記されており、平安時代の初期から熱烈な信仰があったようですし、江戸時代は、とにかくあちこちにお稲荷さんがあって、盛んだったようです。やはり新暦になって、こういう行事が廃れたのでしょうか。

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初春大歌舞伎 坂田藤十郎襲名

お正月の歌舞伎座はやはりいつもより、ちょっとばかり華やか。若い方達の振り袖姿も目立ちました。そして、さらに今月は、東京でも藤十郎の襲名披露。きのう4日、歌舞伎座にはそのうきうきした気分もただよっていました。

今回は、夜の部の観劇。
最初の「藤十郎の恋」、扇雀の藤十郎、きれいでした。関西歌舞伎の役者さんをあまり見る機会がなかったので、これほどはんなりした役者さんとはしりませんでした。隣席のおば様達が「若いときの鴈治郎にそっくり」と話しておられましたけど。ふっくらしていかにも「江戸時代の人気歌舞伎役者」ってこうだったのだろうと。原作は菊池寛。話の筋は、和事芸の工夫に行き詰まり、舞台でのほんものを演じるため、人の女房である料理屋の女将に言い寄り、そのときの女房お梶の様子から演技を編み出したというもの。

そしてお目当ての「口上」
舞台背景のことが話題になっていたのですが、事前に聞いていてしまったからか、あまり斬新な、とは感じませんでした。また、お正月のNHKで京都南座での口上も見てしまっていたので、ちょっと。幹部連が居並ぶその上手に幸四郎、下手に吉右右衛門が締めていました。

「伽羅先代萩」
いよいよ本命、政岡役で藤十郎の登場。千松役は、今回虎之介を襲名した扇雀の長男。声をよく出ていたし、セリフもきちんと覚えていてて可愛かったです。
梅玉の八汐のにくらしげなこと。白の着物とうちかけに、さらに白だけのお化粧。政岡が、赤の着物に黒地に雪持ちの松の模様のうちかけ(裏地はまた紅絹でまた目立つこと)。栄御前の秀太郎もよかったです。敵役こそ、しっかりした人がつとめてこその主人公。
例のお茶の台子での飯炊きの場面。小さなおにぎり(たぶん、おだんごかな。。。子役の二人は口にいれていましたから)が出て、そのあと政岡がお茶を出すのですが、若殿には天目台にのせた茶碗で、千松には、ふつうの茶碗。まさに貴人清次でした。
千松役の虎之介君、なぶり殺しされたあと、ちょっとジジの愁嘆場が長いので、足がゆらゆら動いていたのは、おなぐさみ。でも政岡のこの愁嘆場、見せ場でした。義太夫と三味線も舞台の藤十郎をじっと見ながらの演奏。
その後、舞台が大きくせり上がって、床下の場面へ
これが襲名興行のお約束でしょう。仁木弾正を幸四郎、荒獅子男之助を吉右衛門です!吉右衛門の格好いいこと。また幸四郎はセリフなし!ですよ。それでも弾正の不気味さ十分。この二人、兄弟であっても、めったに同じ舞台で並んで立っているのを見ることがないので、もうこれだけで席料の2万円取り返した気分。
それにしても夜の部は、口上とこのほんの5分ほどの場面だけ。。。。やはり襲名披露公演です。

最後はお正月らしい舞踊。最初が福助の「島の千歳」
福助もまたきれいで、うっとり、踊りもためいきが出ました。(踊りはやや苦手な私でも。。。です)
そして、「関三奴」は、橋之助と染五郎。大名行列の先頭をいく奴、奴の持つ毛槍を扱っての踊り。威勢がよくて、お囃子連中もにぎやかで、お正月らしい出し物です。橋之助の踊りがよかったかな。

さて、着付けを習い始めてもうすぐ一年。やはり人の着物姿はよく眼につきます。

歌舞伎座や道中で見かけた「いただけない」着物姿について。

その1 着物をあまりにも短く着付けている
 紬は短く着付けるのが道理としてても、足袋のこはぜ四つ、五つが全部見え、その上の足首の肌まで見えそう、まるで着物から足がニョッキリほど短すぎるのは、どうでしょう。料理屋や旅館の仲居さんならともかく。自分で着るときは、上から見て裾が見えないので、必ず鏡で確認するべきですね。最初は長めに着付けても帯を結ぶとちょうどいいくらいの長さになるものです。

その2 着物の前が深く合わせすぎ
 前の襟がほとんど身体の横にいってしまい帯の上に襟合わせが見えず、なんだか間がぬけて見える。これは、前幅がありすぎ?つまり、仕立てが大きすぎるから、こうなってしまうのでしょうか。

その3 末広がりの裾
 着付けるとき、裾をしっかり上げていないので、腰の幅どころか、それ以上に広がってしまってなんだか、だらしなく見えます。後ろから見て裾つぼまりに着るというのは、なかなか難しいですが。

その4 襟の抜きすぎと襦袢の襟のはみ出し
 襟の抜き加減は人の好みかもしれませんが、イスに掛けたとき、後方の席から見ると、まるでタンクトップを着ているように見えてしまうほど、広く抜きすぎるのはどうでしょう。若い娘さんならまだしも、中年のおばさんの背中はいただけません。
また、襦袢の後ろ襟が飛び出ているのは、やはり野暮な感じがします。着付け教室でもうるさく、「襦袢がきれいに着られるかどうかが、着付けの90%を決める」と言われます。難しいです。
 
その5 後ろのお端折が帯のたれから出ている
 お太鼓の位置や大きさの問題、または、お端折の位置(腰ひもの結ぶ位置)の問題でしょうか。せっかくの着物姿の眼目、後ろ姿が台なしだと思うのですが。

もちろん、歌舞伎座では、素敵な着かた、色合わせ、帯などがたくさん見られ、それが楽しみの一つでもあります。幕間にロビーで拝見する役者さんの奥様、売店あたりの観客の着物、着付け、髪型など。

私は、目下のところ、着物に二重太鼓でという日は、なんと2時間前から支度にかかります(汗)。一度で着られればよし、だいたい帯をやり直すというパターンが多いので、これくらいの時間が必要。あ、それから、天気予報で雨ときたら、とりやめです。歩き方がだめで、必ずはねを上げてしまうので。
着物はまだまだ「着て」いません。「着られている」状態からちょっとという所でしょうか。でも、とにかく、たくさん着る機会をつくって、せめて、支度に一時間。。。あたりにもっていきたいです。

ところで、2日には、小泉首相は新橋演舞場で海老蔵の「信長」をご覧になったとニュースで見ました。この歌舞伎の襲名披露興行には?と思っていたら、もうすでに昨年、京都、南座で見ているのですってね。
小泉首相は、相撲、オペラや歌舞伎を含めたいろいろな観劇によく出没しています。いままでの首相の中で、こうした動きがニュースで伝えられる首相は初めてでしょう。もちろん、外国の要人などの来日の際、お付き合いで歌舞伎や相撲見物などした首相もいたでしょうが、小泉さん(?)はほんとに、好きなのだと思えます。政治的にはいろいろ感じることもありますが、国の首相が余暇に、料亭での遊びだけでなく(?)、こうした楽しみを持っていると知ることは、国民としてちょっと嬉しい気がしています。ナショナリズムが強くなりすぎるのでは困りますがね。

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大歌舞伎

クリスマスイブの歌舞伎座、もしかしてガラガラ?なんて思っていたら、いやあ、ほとんど満席。
今年最後の歌舞伎は、昼の部です。
「御所桜堀川夜討」から「弁慶上使」の一幕。橋之助の弁慶初役。福助がおわさ。この出し物は、昨年も、きっと見ているのではないかと思うのですが。。。緋色の襦袢の片袖ずつというので思い出しました。どうも、歌舞伎も文楽も外題ではまだ見分けがつかず、見ているうちに「あれ?これ知っている。。。」となるわけです(..;)
橋之助の弁慶、ちょっとまだ線が細いような気がしました。最後の「三十余年の溜め涙・・・」の大泣きのところも、なんだか、ちょっと中途半端だったような。
次の「猩々」と「三社祭」は舞踊で、勘太郎と七之助。昼食の後だったので、どうも腹の皮が引っ張られた分、まぶたの皮はゆるんでしまい。。。善玉、悪玉のお面を見ながらウツラウツラ。。。すみません、ほとんど見てません。どうも宝塚はダンスが好きなのですが、歌舞伎はどうも踊りになると眠気がきてしまうようです。
「盲目物語」は谷崎潤一郎の小説を宇野信夫が演出したもの。勘三郎の盲目の按摩、弥助と玉三郎のお市の方。勘三郎は秀吉との早変わりを見せます。しっとりとしたいい出し物でした。それにしても、玉三郎の美しさ。眼の見えない弥助はその指で、お市の方の美しさを見て(?)恋するのですが、いや誰が見てもホレボレ。。。
納めの歌舞伎でしたが、大満足でした。

帰りがけ、4丁目の三越の地下でケーキを買って帰ろうと思ったのですが、中へ入ると、まあすごい人、人、人。
なんだか、並んでいるその人並みを見ただけで、もうお腹いっぱいになってしまい、きびすを返しました。家の近くのケーキ屋でショートケーキを買って帰りました。

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顔見世大歌舞伎

本日の昼の部。面白かったぁ!

『息子』 小山内薫がイギリスの劇を翻案した一幕もの、火の番小屋の老爺(歌六)のもとへ9年ぶりに上方から戻ってきたグレた息子(染五郎)、そして捕り手の信二郎の3人だけの舞台。
短い出し物でも、ホロリとさせられ、印象に残る作品でした。歌六はうまいし、染五郎もよかった。

『熊谷陣屋』 直実を仁左衛門が、相模を雀右衛門が演じます。仁左衛門はこのような役をやると品があり、本当に素敵です。
高札を使ったり、扇のかなめからとか、美しい見得があり、もう拍手、拍手。。。まさに写楽の浮世絵の中の役者を実際に見ているような気がしました。熊谷の紋が「鳩八」という面白いものでした。

ああ、愛之介が堤軍次でした。出のとき、ずっと若いときの孝夫様にそっくりでビックリ。。。
年がバレますが、孝夫さまを初めて見たのは、NHKの舞台中継で、勘九郎(現勘三郎)たちと「こども歌舞伎」で演じていた『白波五人男』。そのあと、同じNHKの大河ドラマ『太閤記』(緒方拳)で、高橋幸司演じる織田信長の小姓、森蘭丸役をやられて。。。玉孝コンビ時代の『天守物語』も素敵でした。
でも、今の仁左衛門のほうが、深みが出てきてもっといいですがね。
最後の引っ込みのときなど、本当に人の世の無情が感じられて涙が出そうでした。

舞踊「雨の五郎」と「うかれ坊主」 吉右衛門の出は昼の部ではこの舞踊のみ。物足りませんがしかたない。
富十郎の踊りのときは、申し訳ない。。。居眠りタイム。

『人情噺文七元結』 もう笑いました!幸四郎と、鐵之助の夫婦喧嘩のテンポ。女房の着物を着ていくところ、幸四郎の足のシビレの様子、もうゲラゲラ声を出して笑いましたよ。最後はハッピーエンドですし。年末の出し物にぴったりです。

今日は午後から雨との予報で、洋服で行きました。人の着ている着物がやはり気になります。後ろのおはしょりが帯の下から見えていたりすると、やはりちょっと。。。自分が今、お太鼓の大きさや位置に苦労しているので、特に気になりますねぇ。

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松緑の宙乗り/歌舞伎

三宅坂の国立劇場で、【貞操花鳥羽恋塚(みさおのはな とばのこいづか】を見てきました。

鶴屋南北の作品らしく、オドロオドロシい、雰囲気と仕掛けがいっぱいの舞台です。

松緑の宙乗りが話題です。この筋交いの宙乗りというのは、三百年も前にこの作品の初演のときにされていたというから驚きです。それ以来なんだそうです。
今回の舞台では、何度か、客席、舞台ともが真っ暗になるのですが、二幕目の最後も屋台崩しがあり、いったん真っ暗になっり、その後スポットライトがあたるのが、国立劇場の下手、花道近くの空中。そこに松緑演じる崇徳院。そしてワイヤーがどんどんあがり、天井近くまで、それから、客席を斜めにつっきって、三階席まで松緑が宙乗りをします。やはり、思わず拍手でした。

今回、松緑の声の良さ、口跡の良さを感じました。もちろん、崇徳院という魔界の王という、その芯のもの凄さは、まだまだで、化粧だけが凄みあるのですが、でも、声がいいのと、場面によっては、身体が大きく感じました。父辰之助が早く亡くなり、名優の先代松緑も亡くなって、なんとなく後ろ盾もいなくて役も他の御曹司と比べて不運な。。と思っていましたが、やはり素質があり、周りもほっておかないでしょう。楽しみな役者になりそうです。

いやー、それにしても5時間、長丁場だった。途中、だれてしまったところもあり、疲れたぁ!

また、今日も着物で出かけました。紬の訪問着で、古典模様の笛と箱で、秋らしくて良かったのですが、帯結びがいまいちで、ズルズル落ちてきて、気になって、気になって。この帯は結びやすいのですが、逆に長い時間締めていると、なんだか、弛んできてしまうようです。本当は、大伯母からの古い袋帯を締めるつもりだったのですが、どうも長さが短かいようで、うまく結べず、急遽、結びやすいこの帯に変えたのです。
せっかく、襟はぴったり決まっていたのに。。。くやしいなぁ。

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歌舞伎 勧進帳

9月の歌舞伎座夜の公演を見て来ました。【勧進帳】は、吉右衛門の弁慶、そして富樫は富十郎。今まで何度か、いろいろな人の組み合わせで勧進帳を見ましたが、今回、初めて途中で眠くもならず、見応えありました。この二役はやはり、セリフ以上にその腹の中を観客に感じさせることが大切で、そのためには、役者の人生の年輪、経験が必要なのだとつくづく思いました。
席が、花道すぐ横だったので、最後の弁慶の六法での引っ込みのときの、吉右衛門の汗もしっかり見えました。

気張って、着物を着て行きましたが、まあ、暑い、暑い。もう9月ですから、やはり絽というわけにはいかず、単の塩沢を着ました。塩沢は、さらさら肌触りがいいのですが、それでも、汗ダクダク。

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歌舞伎女形のつくりかた

「歌舞伎ならではの女形の世界」というある企業が企画したセミナーに行ってきました。
中村芝雀さんの話と実際の女形のお化粧の実演です(拵え/こしらえというそうです)。芝雀さんは、人間国宝の中村雀右衛門さんの次男で、今、同じく女形として、注目の役者さんです。舞台で見ると日本人形のようにきれいです。実際の芝雀さんは、女形らしくやや小柄ですが、とても49歳などとは思えない若々しい方で、お話も上手で約2時間、あっという間でした。

 亡くなった歌右衛門さんのイメージがあったので、歌舞伎役者さんの女形さんの生活は、普段からお着物なのかと想像していましたが。。。実際、江戸時代は、この子を女形にしようと思うと、小さなうちから、普段の生活から「女の子」っぽく育てたそうです。例えば、遊びは女の子のようにおはじき、お手玉などと。でも、現代はそんなことはなく、舞台を降りれば普通の生活で、お宅ではお着物も着ていらっしゃらないそうです。

 『助六』の花魁の履く三本足の下駄を見せていただいのですが、まあ、その重いこと。4キロほどあるそうです。
高さも25cmほどあります。ふつうでは歩けません。だから、若い者の肩に手を置き寄りかかりながら歩きます。
その手のあたる若い者の肩には手ぬぐいが置かれていますが、必ずその舞台の揚巻役の家紋だそうです。今度、助六を見るとき、オペラグラスでしっかり見てみよう!
セミナーにあの大きな派手な簪のついたカツラが10kg、お衣装は30~40kgだそうで、ちょうど、その下駄でバランスがとれるのだとか。でも、衣装代でいうと、『助六』で一番お高いのが、意休のものだそうで、なんと4~500万円だそうです。

 で、メインイベントの化粧。そのセミナーを主催した企業の男性社員がモデルでした。
最初に、羽二重で「目つり」・・・髪の生え際を羽二重のヒモでしばるのです。。。整形美容でいう、リフトです。モデルの男性社員さんも、顔全体が突っ張られていると言ってました。
 それから、「びんつけ油で下地を整える」・・・びんつけ油はハゼの実から絞るもので、お相撲さんの髪を整える油にも使われています。このとき、「眉毛つぶし」、つまり眉毛を肌と同じく平面になるようにこの油で念入りに寝かせてます。昔の女形は眉は一般の女性と同じく剃っていたそうですが、現代は、女形でも舞台を降りれば一般の生活ですから、眉なしでは困りますね。このびんつけ油、「和ろうそく」の原料でもあるそうで、塗られたあとやは